2007/02/06

2006年を振り返る-鹿島編その6。

20070206012006年を振り返る、ラスト、のつもり。あとでまたあれも書きたかったんだっけ?ってのが出てきたら、追記するかもしれませんがとりあえず。

まずは本山。2006年は、本山にとってプロ入り後一番苦しんだ年だったのではないかと思います。怪我に泣いた年は過去にもあったけれども、鹿島の10番を背負って以降、怪我でも無いのにスタメンを外され、外されたまま怪我をして、というシーズンは初めてだったのではないでしょうか。ナビスコ杯決勝では、わずかな時間しかピッチに立つことが出来ず。敗戦後、号泣していた誓志や野沢、深井の姿にぐっとくるものがあったけれども、泣くことが出来ただけマシだったのではないかしら?と後から思ってしまったのは泣くこともままならなかった選手たちのことを思い出したから。本山からスタメンを奪った形になったファビオサントスが、助っ人外国人らしい唸らせるプレイを連発していたならまだ納得も出来たのだけれども、ファビオがチームにハマってきたのは最後の最後だったし、だからといって、本山の調子がよかったか?といえば、NOで、応援している側としては本当にむず痒い1年でした。本山らしさを見ることが出来たのは、結局、ナビスコ杯決勝後。そのナビスコ後にファビオサントスと本山が絡んでいい場面が沢山見られたのがちょっと皮肉な気もしました。

アウトゥオリ体制になって変わったなぁと思ったのが、守備の意識とあまり倒れなくなったこと、そして倒れた後にすぐ起きてプレイに戻るようになったこと。本山の場合、決してわざと倒れているわけではなくて、相手が倒したくなるプレイをするから倒されやすいのだとは思っているのだけれども、そうは思っても応援していているときに(特に劣勢のときは)倒れまくっているのを見るとイライラするし、しばらく復帰できずに倒れたままなのを見ると、ホイッスル鳴ってないんだから、さっさと戻れ!と怒ってしまうのだけど、2006年は随分そういう回数が減ったなぁと。あ、あとパス&GOの動きもよく見られたように思います。快心のパスを出すとパスを出した位置でそのままボールの行方を見守ることが多かったのが、動くようになったなぁと。とまあ、調子がよくないなりに、よくなっていった部分もあったとは思っています。

本山の場合、トニーニョセレーゾにほぼ名指し状態で、代表がある度に調子がおかしくなるといった指摘を受けていたけれども、2006年もまた代表でスタート。そして落選。そのあたりの心理的な影響も少なからずあったのでしょうが、あまりそういう心情を語る選手ではないので、実際にどんな風に思っていたか?を知る術は無く。2007年は、久しぶりに鹿島でシーズンをスタートできたことですし、指揮官も代わり心機一転本山らしさを追及したプレイを再び魅せてくれることを期待しています。

最後に羽田。2005年は羽田憲司の復活の年でした。復活とはいっても、本人がフリークスのインタビューで答えていたように、あくまでも再スタートを切ったというだけで、勝負は2006年だと思っていました。指揮官も代わり、レギュラー獲りのチャンスとなる年でした。実際に、前半戦ではチャンスを貰えていたし、本職であるCBだけでなく、勝っているゲームの終盤に中盤の底で起用されることもあったのだけれども、夏を過ぎたあたりから出番はおろかベンチにすら入れない試合が出てくるようになり・・・。それでも、携帯サイトのコラムで、監督が求めるプレイが出来るように頑張る的発言をしているのを見て、まだチャンスはあるのでは?と思っていたし、サテライトでハットトリックを決めた試合では、やる気がみなぎっているように見えたし、2007年こそは鹿島でレギュラー獲りするのでは?と最後まで期待していたのですが、残念ながら今年はレンタルという形ではあるけれども、セレッソ大阪に移籍することになってしまいました。鹿島の場合、若手(羽田の場合微妙な年齢ですけど)はいきなり戦力外にせずにレンタル移籍という形をとるので、今回の移籍が武者修行なのか戦力外に限りなく近い移籍なのか?と言われたら、後者に近いんだろうけど、でもまだリベンジのチャンスはあるはず。J2でしっかり結果を出して、鹿島に戻って来て欲しいなぁと思っています。

以上、計画性の無さもあって全選手に触れることはできなかったけれども、気になった選手たちについて振り返ってみました。

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2007/02/05

2006年を振り返る-鹿島編その5。

20070205012006年を振り返るの続き。いい加減、自分でも飽きてきているのであと2回で終わらせます。終わらせるつもり。というわけで、今日も選手編の続きで。

2006年のアントラーズにおいて、貴重な存在だったのが青木だったのではないでしょうか。序盤、怪我で数試合欠場するも、それ以外の試合では常にスタメン出場。しかし、そのポジションは本職のボランチだったりCBだったりと、2005年も右SBをやっていたけれども、器用な選手という印象は決して無いにも関わらず、チームの穴を補完する役割を担いそれを遂行してきたなぁと。本職以外のポジションで使われるのは、よくとれば柔軟な使い勝手のよい選手ってことだけれども、悪く取るとボランチのレギュラーとして絶対的存在にはまだなれていないということで、そういう意味では評価が難しいんですけれども、個人的にはよくやった1年だったのでは?と思っています。そしてできることなら1年間通してボランチで見たかったなぁというのもあります。

2006年、初めてアウトゥオリのサッカーを見たときに、今年のアントラーズはボランチの攻撃参加がカギなのでは?という印象を受けたのだけれども、その時点では青木は守備的にやるとして青木の相方がキーマンになるのかな?くらいに思っていたら、青木もまた積極的にゴール前まで飛び出していくことに気がつきとってもわくわくしたのでした。で、シーズン中にも書いたのだけれども、他のポジションは流動的であっても、ボランチだけはできるだけいじらずに固定でやったほうがチームが安定するのでは?という仮説が自分の中にあったので、青木だけは動かしてくれるな、と思っていたわけですが。チーム事情なのでしょうがないことなんですけれども、残念に思いました。

また、アウトゥオリの前半のうちから選手交代をするという策に思いっきりひっかかりスタメン出場ながら前半途中で退いたのも青木で、だけど信用を失っていたならば、スタメンから容赦なく外す監督だったのにその後もしっかりスタメンを維持できていたのだから、アウトゥオリの手の上で上手く転がされていたということなのでしょう。

それと、2006年の青木を語る上でで外せないのが、セットプレイへの参加で。これまで恵まれた体格でありながら、ヘディングが下手という致命傷を抱えていたこともあってか、セレーゾ政権ではセットプレイ時にお留守番役だった青木ですが、アウトゥオリ政権になって攻守共にセットプレイ時にゴール前の重要な役割を任されるようになりました。気がつけば守備時には相手のエースのマークにつく機会も増えていて、完璧に守れていたか?と言われたら、微妙ではあるんだけれども、これまでの青木を考えるとかなり頑張っていたのではないかと。欲を言えば、どんぴしゃヘッドなゴールも見たかったのですが、これは2007年のお楽しみということで。一応、2006年は苦手なヘッドでのゴールは決めたわけですが、かなり微笑ましい感じのゴールだったので・・・。

とまあ褒めまくったんですけど、青木の弱点は安定しきれないところでもあり。1試合の中でもそうだし、連戦の中でまだまだ好不調の波が目に見えてきてしまうのが今後の課題だなぁと思いました。いいときの状態を維持できたら、日本を代表する選手になれると思うわけで。2007年はどこのポジションでどのように使われるのか?はわからないけれども、チーム事情に左右されることなく1年間しっかりボランチでプレイするところが見たい選手です。

好不調の波が気になるといえば、新井場もまたその1人でした。いいときの新井場は本当に頼りになるし、安心できる存在なのだけれども、1年の中で青木と比べるともうちょい大きな波の中にいて、波が下のときの新井場は、悪い意味でドキドキさせられる存在でもあり。ほんと、いいときのイバは日本屈指の左SBだと思うわけで、その感じをどうしたら維持できるんだろう?ってのがこれからの課題のように思います。

最後にもう1人、興梠慎三。サテライトでの1人次元が違うんじゃないか?というプレイを見るたびに期待しまくってしまう選手だったのですが、残念ながら2006年もリーグ戦初ゴールはならず。最後天皇杯でのブレイクに期待していたところで怪我で離脱という本人にとっても歯痒いシーズンだったのではないかと思います。が、ゴールという結果は出せなくとも後半残り10分くらいのところで登場しては、何度もワクワクさせられたし実績が無いのに期待せずにはいられない存在だったことは間違いないわけで、2007年はこのワクワクに実績が伴うとよいなぁと期待しています。先日家に送られてきたフリークスでのインタビューを読んで益々期待したくなったわけですが、3年目は結果にこだわって欲しいです。

今日はここまで。

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2007/02/03

2006年を振り返る-鹿島編その4。

今日も、世間の流れを無視して、2006年を振り返ります。鹿島編その4。

世間の流れを無視してといいつつ、今日は所用で昼間、東京駅の八重洲口にいたこともあって、このまま高速バスに乗ってしまおうかしら?と一瞬考えてしまったりしたんですが、仕事があったのでおとなしく帰ってきました。2月は仕事を普段の倍くらい頑張らないと開幕までに仕事が落ち着かなくなるので、我慢です・・・。年度末の3月にピークがくるのを無理矢理2月にずらすのが大事というか。去年はなんとかPSMの水戸戦前に山場を越せたんですけど、今年は間に合うかどうか。開幕戦には意地でも間に合わせるつもりですが。

2007020301というわけで、本題。昨日に続いて、今日も選手編で。

多分、ちゃんと調べたわけではないけれども、アントラーズから代表が誰も選ばれないという事態はもうずっと何年もなかったわけで、つまり2006年もチーム始動と同時に主力選手が代表に行ってしまうというある意味慣例行事があったのでした。チームとしては、始動となる宮崎キャンプでしっかり体を作って戦術練習をして開幕に臨んで欲しいけど、でも代表に選ばれることは光栄なことであり、これをチームのためにNOと言ってしまうのはやっぱりなんかどっか違うなぁってのもありという悶々とした2月だったわけです。鹿島からは満男以外に本山とソガもキャンプに招集され、ソガにいたってはそのキャンプで負傷という泣くに泣けない結果を残してしまったわけですが。

というわけで、まずは、曽ヶ端。小澤さんが前半戦奮闘したおかげでソガの離脱は思ったほど目立たずに済んだように思えたりもしたんですが、ソガの場合、一度離脱してしまうとその後復帰してから好調と言えるレベルまで持って行くのに時間がかかるので、やっぱりなんだかんだで2006年はソガの離脱が大きかったなぁと思うのでした。2006年は相手にビューティフルミドルとでも言うべきゴールを決められることが多かった気がするのですが、ソガが絶好調なら止められたのでは?と思うこともあり。そうはいっても、怪我ばっかりはしょうがないのだけれども・・・。2007年は怪我がないことを祈っています。だからこそ小澤さんの存在が重要にもなるのだけれども、ソガ復帰とほぼ同じくして怪我をしてしまったのが痛くもありました。

続いて柳沢。開幕戦のハットトリックにトキめいたのもつかの間、千葉戦での骨折、W杯での不調、そしてW杯後もいまいちぱっとせず、最後は田代にスタメンを奪われるというしんどい1年だったと思います。それでも、ナビ杯と天皇杯の大事なところでしっかりゴールを決めてくれたのはとっても嬉しかったんだけれども。あとは浦和戦のゴールが勝利に結びついていれば・・・。ヤナギの鹿島復帰が決まったのが開幕ちょっと前で、それまで半年イタリアでシーズンを過ごしていたヤナギは実は1年ではなくて、1年半ずっとシーズン中だったのも大変だったんだろうなぁと思います。イタリアではあまり試合に出ていなかったけれども、出ていないほうがむしろしんどいところもあったでしょう。冷静に振り返るとこうなるわけですが、実際、応援しているときは繰り返し繰り返しコールリーダーから柳沢コールを求められる状況に、結果出すまではそっとしておこうよ・・・と思ったことも多々。だからといって、ヤナギに対して諦めの気持ちのようなものはなくて、調子さえ取り戻せばまだまだやってくれると期待しているので、しっかりオフも取れた今年は、キャンプからチームに合流してらしさを魅せてくれると信じています。

続いて、名前が出てきた田代。不動のエースアレックスミネイロがいて、柳沢が復活して、本山がFW登録で出て後半戦になるとブラジル人選手が誰か不在の時にはダシルバもいてとライバルが多かった状況で、与えられたチャンスをしっかりものにして、自ら出場機会を得ていくことが出来たのが田代だったと思います。昨日名前を挙げた3人よりも、少ないチャンスしか貰えない状況で、よくやったなと。気持ちがみえねー!といらいらすることが多かった中で、田代は気持ちが見えすぎて心配になったり。田代の点を取るんだという気持ち、がむしゃらに向かっていく気持ちはとても評価しているし期待もしているのだけれども、怪我には十分気をつけてあとは動きの質をもっと磨いていって欲しいなぁと思っています。本人もインタビューだったか携帯サイトのコラムだったかで、自分はテクニックを駆使したプレイはできないからそういうのは野沢や本山に任せてといったことを言っていたのだけど、最後の最後天皇杯の浦和戦で、玉離れが悪かったのが気になりました。田代には高さという絶対的な武器があるので、器用な選手になろうとせずにらしさを生かした選手になって欲しいなと。2007年、背番号9を背負った田代に期待しています。

本山の話を続けようかと思ったけど、長くなりそうなので一旦切ります。って、このペースだとその10くらいまで行ってしまいそうなので、そろそろ手短に纏められるようにしないといかんですね(汗)。

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2007/02/02

2006年を振り返る-鹿島編その3。

3日ほど中断しましたが、2006年を振り返る、の続きを。

と、その前に。
今日は、渋谷でとあるバンドのライブを見てきたんですけど、前にも書いたことがあると思うのだけれども、音楽の世界とサッカーの世界って共通点が結構あるなぁなんてことを考えてしまいました。エンターテイメントの世界と区分けしてしまえば同じ部類なわけで、当然といえば当然なんだけれども、同じ空間に熱狂的な人と静かに見守る人が同居して、んでもそれで全体が成り立っていてなんか面白いなぁと。他にも色々思うことがあったので、後日また改めて書いてみようかと思いました。あ、登場時の挨拶は「ウィー!!」ではなかったです。

2007020201さて、本題。今日は、選手編で。

2006年のアントラーズにおいて、ある意味一番目立った存在となったのが内田篤人選手だったと思っています。開幕からスタメン出場し、アントラーズの過去の記録を色々と塗り替えていったのだから、目立って当然なんですけど。初めて篤人を見たときには、あんな細い体でプロでちゃんとやっていけるんだろうか?と不安に思う部分が結構あったんですけど、試合をこなすうちにというか試合毎に頼もしさが増して気がつけばすっかりプロの選手になっていたなぁという。最初の頃は、回りの選手のフォローがあってやっていけているという部分もあったのだけれども、後半戦になると独り立ちしたなぁと思わせる頼もしさが出てきました。

篤人の大抜擢~躍進は、篤人本人の能力の高さもさることながらアウトゥオリ監督の積極的に若手を起用する采配とも上手くリンクし、さらには前半戦は小笠原が、ジーコジャパンで加地さんを上手く操っていたのと同じような動きで篤人にボールを供給し動きの指示を出し、その裏で2005年の後半右サイドバックを守っていた青木と同じくアウトゥオリに抜擢された誓志がしっかり篤人の上がったスペースをフォローできていたのがよかったんだろうなぁと思っています。話が脱線するけれども、一度アウトゥオリが篤人不在時に誓志を右SBに抜擢したのは、右SBの動きをより知ることでボランチとして出場したときのプレイの幅を広げる効果とかもあったのかなぁと思ったり。U-21代表で誓志が本来のポジションで生き生きと動けていたのも、鹿島で一列後ろの動きをしっかり学んだからなんでしょう。そして、忘れてならないのが名良橋の存在で。名良橋がベンチ入りしている試合では、プレイが中断すると名良橋がベンチから出てきて篤人に何か耳打ちする姿を見かけました。とまあ、いろんな条件が揃って鹿島史上初の高卒ルーキーがレギュラー定着という偉業を成し遂げられたのだと思います。そういう意味では、2007年は名良橋がチームを去り篤人に後輩が出来たことで、篤人自身の力というのが2006年以上に重要になってくるし、期待する部分が大きいなぁと思っています。ユース代表でチームを不在にする期間が結構出来てしまうのがちょっとばかり不安ではありますが、代表での経験はJでは得られない特別なものがあると思うので、代表でも不動の右SBとして頑張って欲しいです。

篤人のプレイで一番印象に残っているのが、FC東京戦でのゴール。初ゴールとなった甲府戦のゴールも素晴らしかったんですけど、FC東京戦のゴールのほうがSBらしいゴールだなってのと弾道が美しく決まったときにゴール裏ににて鳥肌が立ったので。守備面では、日本人選手よりも外国人選手と対面したときに負けないという気持ちを前面に出して挑んでいたのが印象に残っています。川崎のマルコンだったり、横浜のドゥトラだったり。特にドゥトラとは最初の対戦で全く歯が立たない状態だったのが、回を重ねるごとに対等にやりあえるようになってきたのが頼もしく思いました。

続いて、篤人のところで名前を出した誓志について。誓志もまたアウトゥオリの抜擢でスタメンに名を連ね出場機会を沢山得た1人でした。前半戦はフェルナンドの怪我、後半戦は青木がCBに下がる機会が増えたことでボランチでの起用がほとんどだったわけですが、ボランチとしての誓志はどうなんだろう?と考えると、1年を振り返って、まだよくわからないなぁというのが本音です。悪かったという意味ではなくて、誓志自身はよくやっていたと思うし、判断の遅さが気になる部分は結構あったのだけど、1年で随分成長したなぁと思う面もあったのだけど、U-21代表でのいきいきとした姿を見るとやっぱりもう1つ前で勝負して欲しいなぁと。といいつつ、今のJでは攻撃的なボランチの存在が重要になっているように思えるわけで、それを考えると誓志の攻撃力は魅力的なわけで。

となるともう1人名前を挙げるべき選手として出てくるのが中後なのですが。当初は篤人のバックアップとして右SBでの起用が多かった中後ですが、右SBの中後は守備と運動量そして足の遅さという面で不安が結構あって、大丈夫かなぁ?という思いが強かったんですが、後半本来のポジションであるボランチとして出場するようになって、魅力を発揮できるようになってきたと思います。それでもまだ不安な部分も結構ありつつ、その不安を越える魅力あるパスを出せる力もあり、今後の成長を見守りたい選手です。

で、誓志と中後については、今年新監督の元でどこのポジションが適正と判断され起用されるのか?というところに注目しています。ファボンの加入により青木がボランチに戻ってくるだろうことから、2006年どおりにいくならば、この2人が熾烈なレギュラー争いをするのは確実ですし、さらにはこちらも争い激しい2列目の影響で野沢がボランチに下がってくる可能性もあり。

誓志の2006年一番印象に残っているプレイは、ナビ杯予選ホーム大分戦でのゴールとその直後のパフォーマンス、中後の2006年一番印象に残っているプレイは、アウェイFC東京戦での深井のゴールに繋がった体を張ったプレイかな。

長くなってしまったので3人しか出てきてませんが今日はこの辺で。続きはまた明日にでも。

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2007/01/29

2006年を振り返る-鹿島編その2。

2006年を振り返る、今日はカシマ編その2。

と、その前に。今日は鹿島の新体制発表があったのでそちらの感想を軽く。2007年のスローガンは、「FOOTBALL DREAM 07'魂(スピリッツ)FOOTBALL DREAM '07 Spirits(魂)」。このスローガンを見て最初に考えたのが、カシマスタジアムでの選手紹介の映像なのですが、2006年の侍風がさらに進化したカタチになるのかしら?と勝手に妄想。Spiritsを魂と訳しているけれども、Spiritには気持ちとか精神とかいろんな意味があって、要するに去年足りないと感じたモノそのものだと思うので、いいスローガンなんじゃないかなと思いました。(追記:J's GOALの記事見て書いたのに、「FOOTBALL DREAM 07'魂(スピリッツ)」にいつの間にか訂正されててちょっと凹みました・・・。)

新ブラジル人選手たちには期待しまくりなのですが、特にマルキーニョスはこれまで散々イヤな目にあってきて、さらには去年カシマスタジアムでゴール後にすげー腹の立つガッツポーズを見せ付けられて、このやろー!と思っていた選手なのだけれども、味方となったら徹底的に信頼して応援するのみ。

今日は合わせて新しい背番号も発表。去年よりも若い背番号を貰った選手は、それだけ期待されているということだと思うので、頑張って欲しいです。と同時に、番号が大きいままの選手にもまた、来年こそは若い番号が貰えるように奮起して欲しいな、と。

2007012901さて、本題。

今日は自分ネタで。2006年の自分自身について振り返ると、2006年は自分のスタンスを見直すシーズンでもありました。このあたりは先月つらつらと書きまくったので書きませんが。でもって、遠征しまくりの1年でそれ自体はとても楽しかったです。遠征に必ずといってよいほどオプションをつけてしまうために、金銭的負担は正直結構しんどかった部分もあるんですが、それに見合うだけのいろんな体験、経験が出来たと思っています。温泉巡りもお城巡りもたっぷりできましたし、ご当地グルメも堪能した1年でした。温泉やグルメの視点から言うと、是非仙台や山形には早めにJ1に上がってきて欲しくもあり。あ、あと四国勢も。

そんな中でも印象に残っているのは、熊本旅行は別格として、それ以外だと福岡の二日市温泉、大分の普通の銭湯のような温泉、そして山梨のほうとうとぶどう狩りと温泉でしょうか。後悔というか今年以降に持ち越してしまったのが、新潟で鳥のから揚げを食べそびれたこと、京都観光で時間が取れずに大原方面にいけなかったこと、名古屋でマウンテンに登頂できなかったこと(現在休業中らしいですが)、同じく名古屋で蓬莱軒のひつまぶしを食べられなかったことなどなど、まだまだ沢山あるわけで、遠征の楽しみを忘れずに今年も無理せず楽しく遠征できたらよいなぁと思っています。や、今年はあまり遠征しないつもりではありますが・・・。

2007012902遠征しまくり=いろいろなスタジアムに行ったということでもあるのですが、観光やグルメに時間をかけすぎてしまって、肝心のスタジアムそのものを一部であまり堪能できないままだったのも若干心残りではあります。J1のスタジアムは、多くがアウェイ側を隔離しているので(鹿島相手だと特に?)、スタジアム探索をしようと思っても出来ないことも多々あるんですけれども、それでももうちょっとスタジアムの周りの雰囲気だったり、中の写真だったりを残しておきたいなぁと思いました。昨日から写真写真言ってますが、その場にいると写真撮ろうってなかなか思わないのだけれども、あとからやっぱりあのとき!となることが多いので、無駄撃ちでもいいから、パシャパシャしといたほうがいいのかなと。

そんな中で、中をぐるぐると回らせてもらったのが、博多の森と九石ドームという九州のスタジアム2つだったんですが、時間と空腹具合の都合でグルメ堪能まではいかずとも、屋台の雰囲気は十分楽しむことができました。遠征してきた身としてはどうしてもご当地メニューに目がいってしまうのですが、ホームサポーターの方が列を作るのはご当地グルメじゃないお店だったりで、絶対あっちのほうが美味しいんだろうなぁと思いながらも、でもやっぱりご当地グルメも食べたいなぁと悩むのもまた楽しく。まあこれは、私たちがカシマでいろいろなメニューを堪能している中で、アウェイの皆さんは揃ってモツ煮を食べているのと似たようなものなのかな?

こうやっていろいろなスタジアムを訪れるたびに思うのですが、カシマのようにコンコース全体がスタジアムグルメ状態になっているところは稀で、大抵のところはそういう場があってそこにいかないといけないわけで、カシマの場合、あまりにも当たり前にグルメがありすぎて、ありがたみが薄くなってしまってるなぁとも思いました。や、悪いことではなくてとっても嬉しいことだし、美味しい&温かい食べ物がほとんど並ばずに買えるというのは、歓迎すべきことではあるんですけれども、そんな状況にもうちょっと感謝しないとなぁと。

鹿島編といいながら、遠征編になってしまいました。明日は、選手編になったらいいなと思っていますが、予定は未定。

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2007/01/28

2006年を振り返る-鹿島編その1。

20070128012006年を振り返る、今日は鹿島アントラーズ編その1。1年のサッカー観戦のうち半分以上が鹿島絡みなわけで、長くなるのが目に見えているので分割で。

2006年の鹿島アントラーズは、長く続いたトニーニョセレーゾ政権と別れを告げ、地球一の監督就任と共に始まりました。正直、監督=トニーニョセレーゾというのが染み付いてしまっていたので、新しい監督がやってくるというのがどういうことなのか?がイメージできず、それが楽しみでもあり不安でもあり、そんなシーズンの始まりだったように記憶しています。それと同時に、パウロアウトゥオリが優秀なフィジコを連れてくるということで、2005年シーズン前半は日替わりヒーローという言葉が出まくっていたアントラーズだったけれども、日替わりヒーローがいる=レギュラー組に怪我人がいる、ということでもあったわけで、2006年は1年を通して怪我人を最小限に抑えた戦いが出来ることへの期待も高かったのでした。

フィジコに関しては、1年通してみてみるとほぼ期待通りの結果を残してくれたのではないかと思っています。怪我人ゼロというのはありえないことなので、多少の怪我人が出てしまったことはいたしかたないとして、怪我が練習中ではなく多くがが試合中だったということは(若干一名アップ中という選手もいましたが・・・)、練習で怪我をしない、怪我をしない練習をするというのが出来ていたのかなぁと。

怪我以外の面でも、選手の体が一回り大きくなったように思えた2006年でした。サッカー選手の場合、筋肉をつけすぎると機敏な動きが出来なくなる危険性を抱えていますが、そういうのは特に感じず、90分走りきれるようになってきたなぁとか、ぱたぱたと倒れなくなってきたなぁとかそういう印象を受けました。夏場が苦手なチームだけれども、2006年に限っては夏だから負けたというのはなかったと思いますし(それ以外の理由で負けてましたけど)。

20070128021年を通しての試合の感想はというと、いけるかも?と期待するとそのあと奈落の底に突き落とされ、もうだめか?と覚悟を決めるとそのあと勝ち続けるというジェットコースターのような1年だったように思います。最初のトキメキが開幕戦の柳沢ハットトリックで、最初の落胆がホーム開幕戦、そこからじわじわと上がってきていけるかも?と思った矢先に大分にナビとリーグで連敗。W杯中断明けいきなり川崎に負けてがっくりしていたらそこから連勝が続き、ここで勝てば優勝争いが見えてくるという浦和戦で2点差を追いつかれ、以下省略。

節目節目の試合でアウトゥオリはしきりに「メンタルの問題」ということを口にしていたけれども、果たして本当にメンタルだけの問題なのだろうか?やろうとしているサッカーに問題はないのか?と何度も考えさせられた1年でもありました。その裏で横浜FCの奮闘っぷりを間近に見たことで、やっぱりメンタルなんだろうなぁということで落ち着いたのですが。今の若い選手たちは、プレッシャーに弱いというイメージは全然無くて、むしろ昔に比べたらいつも飄々としているように見えるのだけれども、逆にその飄々とした感じが、強い気持ちに負けてしまうというか。メンタルというのは一定ならいいわけではなくて、時に高め時に落ち着かせとコントロールが必要なものなんだなぁと思ったりしました。あーでも、鹿島の選手の場合、負けず嫌いな選手も多いわけで、試合後に涙を見せたこともあったのだけれども、試合中にそのキモチが見えてこないもどかしさというのもあったかなぁ。敗戦後の選手達の姿に涙することが何度かあったのだけれども、できることならプレイで涙して、試合後は負けたとしても「よくやった」と称えられるような状況であって欲しいのだけれども、そうはいかないモヤモヤとしたものが常につきまとっていたように思います。逆に捉えれば、こちらが選手に求めるレベルが高すぎ、また選手達も求められている高さがあるべき姿だと捉え、実際のレベルよりも高いところを見すぎていたといえるかもしれません。もちろん、高いところを見ずに成長はないわけで、上を見るのは間違えてはいないのだけれども、現実とかけ離れていた部分もあったのかなぁと。でもそれが、アントラーズの誇りだと思うし、アントラーズらしさでもあるわけで。

2007012803アウトゥオリについて、もうちょっと書き足すと、正直10月は既に何度か触れたけれども、本当にこれでいいんだろうか?アントラーズらしさを捨ててはいないのだろうか?と悩みました。で、今振り返ってみてもやっぱり何試合かは監督に捨てられたなぁと思います。それでも、最後にはアウトゥオリの続投を願うようになっていたわけで、納得できない部分はあったにしてもパウロアウトゥオリという監督は素晴らしい監督だったなぁと思っています。采配以外の部分でも、試合後にこちらが得たPKに対してジャッジがおかしいとはっきりいう姿に惚れ惚れしましたし。それと、戦術面ではアントラーズの基本である中盤BOX型の4-4-2以外に4-1-3-2だったり、4-2-3-1だったり、4-3-2-1だったり、時には4-3-3?と思わせるようなサイドを重視した戦術が個人的にはとても楽しかったです。でもって、終盤になるにつれて形が出来てきたのが目に見えてわかったのが続投を願う最大の理由でした。アウトゥオリ政権を引き継ぐことになったオリベイラ新監督には、最後に覚えたわくわく感をそのまま引き継いで欲しいなぁと願っています。

以上、とりあえずその1でした。写真は、数少ない鹿島戦での写真から3枚を選んでみました。1枚目が、松本での風景、2枚目がコンコースから見える夕焼け、3枚目が天皇杯ホンダFC戦でのメインスタンド(多分ハーフタイムかキックオフ直前だと思うのだけれども、寂しすぎる)。鹿島戦以外では、デジカメ持参で写真を撮ることが多いのだけれども、鹿島戦は写真が少ないのが寂しいなぁと改めて思いました。基本的にゴール裏住人だからしょうがない部分もあるんだけれども、せめて試合中以外の写真はもうちょっと撮ってもいいんじゃないかな?と思いました。写真が残っているといろいろなことを思い出しますし。

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2006/10/02

日本のサッカーの象徴。

セレッソ戦の感想の前に。

そのセレッソ戦での試合後のアウトゥオリのコメントに、「日本のサッカーの象徴」って言葉が出てきて、ってそのまま引用すると、

Q:2点目まではいいサッカーだったが、失点してバタバタしていた?

「日本のサッカーの象徴が表れたと思う。今日のフロンターレとサンフレッチェ戦でもリードしていながら、最後は引き分けになった。要はすべてメンタルの部分で、ただ精神力だけでなく、考える、ゲームマネジメントをどうやっていくのかということ。日本のすべてのクラブではないが、いくつかのクラブはそういう問題を抱えているのではないか」

ということだったんだけれども、アウトゥオリはどこが問題なのか?を具体的に説明はしていなかったんだけれど、昨日も触れた岩政のコメントの「ずっと前から(ディフェンスに)いっていたのに、2点取ったあとずるずる下がる選手がいた。それで、結局相手の猛攻にさらされる時間が長くなった」ってあたりにヒントがあるのかなと思っていたら。

エルゴラに載っていた横浜FCの中島選手のコメントの後半に

「3点取ってくれたら、DFは守りきらないといけない。いつものウチの悪い癖。勝っている時にラインを下げてしまう。できるだけラインを下げないようにしたい」
とあって、チームは違えど同じこと言ってるわ、と。山形戦は見ていないので詳細はわからないのだけれども、横浜FCもリードしたあとラインが下がるってのは確かで、でもそこでなんとか防ぎきれている確率が(少なくても鹿島よりは)高いのは、ディビジョンが違うから?執念の違い?といろいろ考えてしまいました。答えは無いんですけど。

ロスタイムの失点直前にラインを上げようとしていたアウトゥオリの様子から考えても、このラインがずるずる下がるというのが日本のサッカーの象徴の1つだとしたら、原因を探って解決するのが自分の仕事だといっているアウトゥオリの今後の采配がますます楽しみになってきたのでした。と共に、鹿島と横浜FCが戦う姿が見たいという欲求にかられてしまったり。来年以降のことはおいといて、直近で起き得る可能性としては、天皇杯。横浜FCは、昇格争い真っ只中でそれどころではない時期かもしれないけど、ガチンコ勝負が見たいなぁ・・・。なんて。

そう、今度の週末から天皇杯にJ2のクラブが登場です。毎年、下克上が起きるJ2初登場の回ですが、今年はどんな波乱が待ち受けているのでしょうか?

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2006/09/26

戦いはもう始まっている。

ヤマザキナビスコカップ決勝の先行販売が始まりました。鹿島の場合は、今日がSOCIOとMEGAメンバー、明日からそれ以外のファンクラブ会員の販売がスタート。

ナビスコカップに行ったことがある方はご存知だと思いますが、通常のサッカーの試合の場合、ホームとアウェイがしっかり区切られているんですけれども、ナビスコカップの場合は自由席の境界線が変動します。つまり、チケットを多く買った側のチームがそれだけ国立のスタンドを占拠できる、ということになります。昨年は、千葉側のほうがかなり広く取られていたと記憶しています。

つまり。
自由席での観戦を予定している場合は、1人でも多くの友達や仲間を誘って、早めに自由席のチケットを押さえようって話でした。国立をホームの雰囲気に変えることが出来るか否かはまず1枚でも多くのホーム側チケットを買うのが重要ってことで。実際の応援とか雰囲気がどうなるかは当日の頑張り次第だけれども、前哨戦は既に始まってますって話でした。

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2006/09/23

ナビスコカップ決勝までの軌跡。

3年ぶりの決勝進出記念に写真と自分のブログの記事でこれまでの軌跡を振り返ってみようかと。って確認したらアウェイでは最低1枚は写真を撮っているのだけれども、ホームでは1枚も撮っていなかった試合が2試合ありました。平日ナイトゲームで時間に余裕がなかったからだと思われますが、ちと残念。それにしても、ホームの試合の客の入りの悪さが目立ちます・・・。今年は平日開催が多かったからというのもあるんでしょうけれども、ナビスコカップの注目の低さが切なくもあり。というわけで、以下記録。

1.予選リーグ第1戦 3/29 VS 大分@カシマサッカースタジアム
2006092201
4-1で勝利。ここでの得失点差が最後の最後、予選突破に大きく響くとはこのときは思ってもおらず。予選終了時になって取れるときに取っておかなければ後で何が起こるかわからないという教訓を改めて得たのでした。

 ■観戦記その1
 ■観戦記その2
 ■観戦記その3

2.予選リーグ第2戦 4/12 VS 川崎@カシマサッカースタジアム
2006092202
3-1で勝利。谷口君を振り切ったアレックスのゴールがとても印象に残っています。その谷口君にこのあとのリーグ戦で酷い目に合うわけですが。

 ■観戦記その1
 ■観戦記その2

3.予選リーグ第3戦 4/26 VS 大分@九州石油ドーム
2006092203
0-1で敗戦。平日遠方アウェイという厳しい条件下で懸命に応援したのですが、思いは届かず。悔しい初黒星となりました。慎三と後藤がスタメン出場。

 ■観戦記その1
 ■観戦記その2

4.予選リーグ第4戦 5/14 VS 京都@カシマサッカースタジアム
写真見当たらず。3-2でなんとか勝利。ハーフタイムに守備陣2人を入れ替えるという大胆采配が的中したのと、相手DFが後半早々に退場したのに救われたといったところでしょうか。日程が立て込んでいた時期のせいか、観戦記もまともに残していなかったことに今更気がつきました。

 ■観戦記その1

5.予選リーグ第5戦 5/17 VS 京都@西京極
2006092204
1-2で敗戦。勝てば最終戦を待たずに決勝T出場を決めることができたかもしれなかったわけですが、雨の中、虚しい敗戦となりました。

 ■観戦記その1
 ■観戦記その2

6.予選リーグ第6戦 5/21 VS 川崎@等々力
2006092205
スタジアムの写真が無く、山田うどんで食べたモツ煮うどんの写真があったのでうどんの写真を。モツ煮はやっぱりカシマが一番。1-2で敗戦。万事休すと思いきや、他グループの混戦に助けられて薄氷も薄氷の決勝トーナメント進出となりました。

 ■観戦記その1
 ■観戦記その2

7.準々決勝第1戦 6/4 VS G大阪@カシマサッカースタジアム
写真見当たらず。0-0で引き分け。アウェイゴール方式のため、初戦がホームの場合、無失点が第一優先事項だったわけですが、無失点は達成できたものの得点も無く終了。ホームのほうが守備的にならなければならない状況に若干悶々としつつも、ルールを最大限に生かした闘い方をしっているアウトゥオリを信じていくしかないなと改めて感じさせられた試合でもありました。

 ■観戦記その1
 ■観戦記その2

8.準々決勝第2戦 6/8 VS G大阪@万博
2006092206
2-0で勝利。そして準決勝進出決定。得点が入るまではドキドキだったけれども、結果的には完勝。アウェイゴールの重みを痛感した試合でした。準決勝でもアウェイゴールが意味を大きく持ったわけですが、このときの経験が選手もサポも生かされていたように思いますってのはちょっと言いすぎ?

 ■観戦記その1
 ■観戦記その2

9.準決勝第1戦 9/2 VS 横浜FM@カシマサッカースタジアム
2006092207
1-0で勝利。準々決勝同様、ホームでは無失点が最重要という課題をクリアできたのが大きかったです。フェアプレイ論争が起きましたが、フェアプレイは相手に求めるものではなくて自分自身に課すものというコラムに感銘を受けたのでした。

 ■観戦記その1
 ■観戦記その2

10.準決勝第2戦 9/20 VS 横浜FM@日産スタジアム
2006092208
1-2で敗戦。負けたけど、勝利。そんな不思議な気分を味わうことが出来たのもアウェイゴール方式を熟知した戦い方が出来たから。アウェイゴールへの不平不満を言うよりも決まったルールを最大限に生かすことのほうが意味があるのでは?と思う反面、日本の場合、そもそもホームアドバンテージというものは存在するのだろうか?という疑問もわいてきたり。

 ■観戦記その1

10戦戦って5勝4敗1分。リーグ戦なら普通に中位に座っているだろう成績で決勝進出。効率の良さ?に感心しつつ、改めて観戦記を読み返してみると、ほとんどの試合で内容の悪さを嘆き、次こそ次こそといいながらここまできたという感じですが、それがアリなのもカップ戦ならではということなんでしょう。同じカップ戦でも完全トーナメントの天皇杯は1敗したら即終了なんですが。決勝では、結果はもちろん欲しいのだけれども、内容でも悔いの無い戦いをして欲しいなと思いました。って決勝までの間にリーグ戦がたっぷりあるわけで、まずはナビスコのことは忘れてリーグ戦に集中なわけですが。

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2006/09/07

誓志と青木。

代表戦の話はおいといて、土曜日に久しぶりにボランチの位置でスタメン出場した誓志の話。
私自身、元々はサイドバックや攻撃的MFというFWじゃないんだけど攻撃に絡むポジションが好きでそっちの選手に目が行きがちだったんだけれども、今年はボランチの動きに目を向ける機会が多くなっています。はじまりは、今年最初に見た水戸戦で今までに無く攻撃的に動くボランチ陣の動きに目を奪われたからというのがあって、それに日々成長していく青木の姿に惹かれていったというのが続いて、今に至るわけなんだけれども、青木が出場停止だった試合で代わりに出てきた誓志は果たしてどんな動きをするんだろう?と土曜日もまたボランチに注目して試合観戦したのでした。

まず、この日の誓志の出来自体はよかったと思っています。それが大前提。その上で、いいなぁと思ったのが、どうするか決めた後の思い切りの良さで。決めた後に迷いがないのが見ていて気持ちいいなぁと。逆に、「決めた」という表現をしてしまうのは、一瞬の迷いがまだ見受けられたからなんだけれども。自分がボールを持ってそこからどう攻撃に繋げるかというところで、満男がよくそうしていたようによく見て次を決めるのとはちょっと違って、一瞬考えているように見えてしまうのは、見ている側の信頼度の差だけなのかもしれませんが、もうちょっと判断が早くなるといいなぁという印象は受けました。それと、気になる点としては、ボールを見失ったあと、ボールを見つけるのが他の選手に比べて遅いこと。イレギュラーにバウンドしたり、空中戦でへんなところにあたったボールを見失うというのはサッカーではよくあることなんだけれども、その後、かなりの確率で近くにいる相手選手のほうが先にボールを見つけてしまうことが多く、このあたりは今後の課題なんだろうなぁと思います。

青木と比較すると、青木は常にバランスを気にしているところがあって、行くと一旦は決めたように見えても、他の選手の動きが視界に入ってくるとバランスを見て自分の動きを修正したり、カバーに回る動きに長けていて、それによって途中でボールを相手に奪われても、チーム全体のバランスが崩れにくいという特性があって、一方誓志のほうが場合によってはリスキーにはなるんだけど、上手くはまると面白いというか。鹿島の場合、ダブルボランチであることが多いので、2人を単純比較するよりも相方の特性というのも考慮したほうがいいんでしょうけど、フェルナンドはどちらの役割もこなせるからあんまり深く考えなくてもいいかな?2人には特性を伸ばして欲しいなぁという気持ちと足りないものを相手から盗んで欲しいなぁという気持ちが出てきてしまうのだけれども、無難になんでもこなせる選手になるにはまだまだ若いのだから(特に誓志は)、今はらしさの増幅のほうが大事なのかなと思いました。

それにしても、今年アウトゥオリが誓志をボランチに抜擢したときには、びっくりもしたんですけど、半年足らずでここまで成長した誓志はよくやっているなぁと思います。ユース代表候補だった頃は、代表でボランチや時にはリベロまでやらされている誓志の姿にそりゃないよ!と思ったりしたんだけれども、今は逆に五輪代表候補で前目のポジションをこなし、鹿島ではボランチなのだから面白いものです。

で、さらに今度は日曜日に川崎フロンターレのボランチ2人の動きを見てきて、思うことがあったわけなんだけれども、この話はまたそのうち。

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