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2007/01/27

2006年を振り返る-横浜FC編。

20070127012006年を振り返る、今日は横浜FC編。

2006年は、横浜FCの試合を沢山見に行きました(リーグ戦18試合、天皇杯1試合)。元々は鹿島の試合が無い日にどこか近隣のスタジアムで試合があれば見に行く、くらいのスタンスだったはずが、2005年の後半くらいから三ツ沢の雰囲気に吸い込まれるように、三ツ沢を優先というスタンスになって、それがW杯中断あたりからは鹿島の試合が無い日はまずは横浜FC優先で、というスタンスになって最後は・・・という感じでしょうか。さらに、試合の無い日には、鹿島の練習が午前練習(しかも9時スタート)ばかりになってしまって行きづらくなったというのもありますが、ふらっと横浜FCの練習を見に行くことも多々。チームを知れば知るほど応援したくなるの法則というのがあるのかわからないけど、私自身はそれにすっかりハマってしまったといっても過言ではないでしょう。

応援するクラブは1つだけという気持ちは常にありますし、たまにセカンドチームという表現をしている方も見かけますがそれは1番に応援している方に対して失礼だろうというのもあってあまり好きな表現ではなく、じゃあなんなんだ?ってことになるんですけど、好きなクラブとは別に地元のクラブを応援する気持ちというのが一番近いのかもしれません。カシマスタジアムでハーフタイムに他会場の経過がアナウンスされると水戸のところでざわざわっとなるのと同じ感じ?って何を言っても自己正当化だったり自己弁護になってしまうような気もするので、あまりぐだぐだ言うのはやめておきます。とにかく2006年は鹿島を応援しながらも、隙をみては横浜FCの応援もしていた、と。

2006年の横浜FCの試合を積極的に見に行きたくなった一番の理由は、そこには鹿島には無い(足りない)何か?があったから、だと思っています。鹿島をビッグクラブと称するのには抵抗があるのだけれども、横浜FCと比べたら資金も環境も豊かなのは間違いないので便宜的にそう表現しますが、横浜FCを知れば知るほど、ビッグクラブとは何もかもが違う中で戦っている姿に惹かれていきました。

例えば、練習見学に行くと、真夏の暑い中、駐車場の上にぽつんと作られた人工芝ピッチの上で練習していて、その横ではチームスタッフが人工芝の上に絶え間なく放水し少しでも人工芝の高温化を防ごうとしていて(コンクリの上に作られた人工芝ピッチは真夏になると物凄い熱を持つそうです)、見学者には見学スタンドなんてものはなくピッチを囲むネットに張り付いて見るのみで、当然オフィシャルショップもなければ軽食が食べられる鹿ガーデンのようなものもなく、練習が終わるころになると次の利用者たちがピッチの外で準備を始め時には場内アナウンスで撤収を求められ、練習が終わったら終わったでスタッフ用駐車場に車を止め切れなかった選手達は見学者が利用するのと同じ駐車場に止めた車に戻って帰路につき、と揚げていけばキリがないんですけれども。逆に、見学者とピッチの距離が近すぎるおかげで、監督が練習中にミスったときにはすかさず見学者からチャチャが入り、それに監督が笑顔で何らかのリアクションをするなんていうフレンドリーな面が見られたりもして。優勝を決めた前日の練習では、選手達の出口の回りにゴール裏のコア層が陣取り、選手一人一人に声を掛けタッチして時にはコールして激励するという場面にも遭遇したのですが、全てにおいて新鮮だなぁってのと、ビッグクラブが忘れてしまっている何かがそこにはあるなぁと。

試合では、これは2006年の記事に何度も書いたことなんだけれども、技術的だったりフィジカル面で相手よりも勝っているとは言い難い選手達が、勝利への強い気持ちを90分示し着実に結果を出していく姿に何度も感動させられたのでした。緑のチームの監督さんがよく「キモチだよ!」と言っていたけれども、それをちゃんと実現できていたのは隣のチームだったんじゃないかな?

私自身の嗜好で言うと、鹿島のテクニシャンたちが魅せる華麗な技だったりパス回しだったり変態プレーを見るのが大好きなんだけれども、その反面、泥臭さだったり勝利へのキモチがスタンドで見ている側にはなかなか伝わってこない部分に物足りなさを感じ(全ての試合がそうだったわけではないけど、2006年の鹿島はアウトゥオリが何度も指摘していたようにメンタル面での弱さが目立っていたと思っています)、その物足りない部分を横浜FCがこうやるんだと実演しているのが凄く興味深かったというか。決して自分の好きなサッカーをやっているわけではないんだけれども、チーム力で勝利をもぎ取るサッカーの面白さを教えてもらったといったほうがいいのかな?鹿島とは全く違うクラブだからこそ、どんどん気になる存在になっていったのでした。

横浜FCは、メディアで取り上げられるときには、かなりの確率でベテラン勢ばかりが注目されて、まるでベテランだけでサッカーをやっているかのような錯覚に囚われがちだったりするんだけれども、中心となったベテラン勢と共に若手が成長し活躍していたのも印象的でした。しかも、その若手もまたそれぞれがドラマを抱えているというのが、感動大好き日本人な私にはとっても魅力的で。両SBの小野智吉選手と中島崇典選手は共に一度湘南を首になり練習生として横浜FCで再スタートを切った過去があり、正GKの菅野孝憲選手はユースで活躍しながらトップに上がれなかった過去を持ち、一見数少ない生え抜き選手として横浜FCの中では優等生的存在に見える内田智也選手でさえも、高校時代に世代別代表に選ばれ選手権でも優秀選手に選ばれたにも関わらず、体の小ささもあってか「声を掛けてくれたのは横浜FCだけだった。」という屈辱を味わっていて、途中から控えの切り札として活躍した滝澤邦彦選手は、千葉を解雇されたあと浪人生活を強いられる中でやはり横浜FCの練習生として再起し、とあげていったらキリがないのだけれども、サッカーを続けられる喜びを知った選手たちが魅せるサッカーの魅力が溢れていたのが素晴らしいな、と。その裏では生え抜きの選手が戦力外通告を受けるというプロの厳しさも見ることになったんですが。

とまあ絶賛してしまいましたが、2005年まではJ2では全くと言ってよいほど結果を出せず低迷していたわけで、結果を出したからこそ美談としていろいろなドラマが溢れてきたわけで、結果が伴わなければ消えていくだけのプロの世界。その結果を出していく過程を見ることが出来た喜びに感謝したいです。

最近、サッカーにあまり興味がなかったり興味がないわけではないんだけれどもスタジアムに足を運ぶには至らない友達にサッカーの魅力を語るとき、鹿島のことよりも横浜FCのことを熱弁してしまう自分がいます。鹿島の場合遠方サポの面倒臭さや辛さによってハードルが高くなるってのもあるんだけど、これから好きになる可能性がある人には地元のチームを応援して欲しいなって部分もあり、何よりも熱弁しやすいというのがあり。

まだまだ書きたいことは多々あるんだけれども、無理矢理まとめると、2006年の横浜FCはとても楽しく頼もしい存在でした。今年は初めてのJ1。J2では上手くいったことがぜんぜんまかり通らなかったり、ごまかしが効かなくなって苦しい戦いになるとは思いますが、「残留」という目標を達成し、あわよくば上位進出という夢を達成できるよう、今年も頑張って欲しいなぁと思っています。鹿島と同じカテゴリーになってしまったけれども、今年も隙を見ては横浜FCの試合に足を運んで、その戦いっぷりをこの目で確認していきたいなと思っています。そして、何よりも鹿島との対戦を楽しみにしています。

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