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2007/01/31

続・選手占い。

気まぐれで作った選手占いですが、改造していたら楽しくなってしまって(所謂自己満)、書き途中の話を放棄したまま(汗)、対応チームを増やしてみたりといろいろ手を加えてしまいました。まだまだ未完成ですが、昨日より4チームほど増えました。今後も気まぐれで増やしていこうかと。

といわけで、最新の選手占いはこちら

明日から、通常のブログに戻る予定です・・・。

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2007/01/30

選手占い。

新体制発表を受けて、選手占いを作ってみました。完全自作なので、不具合等あるかもしれませんが、とりあえずβ版として公開してみます。何か重大な問題があったら公開中止しますが。結果に不満等あるかもしれませんが、お遊び程度に考えていただければ・・・。

生年月日と血液型によって、結果が決まるようになっています。お名前は結果表示用で、結果には左右しません。基本的に1年間同じ結果になりますが、途中選手の出入りが発生した場合は結果に変化が起こります。それだけだと寂しいので日替わりの結果もつけておきました。

とりあえず2チーム分作りましたが、独断と偏見で増えていくかも?

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2007/01/29

2006年を振り返る-鹿島編その2。

2006年を振り返る、今日はカシマ編その2。

と、その前に。今日は鹿島の新体制発表があったのでそちらの感想を軽く。2007年のスローガンは、「FOOTBALL DREAM 07'魂(スピリッツ)FOOTBALL DREAM '07 Spirits(魂)」。このスローガンを見て最初に考えたのが、カシマスタジアムでの選手紹介の映像なのですが、2006年の侍風がさらに進化したカタチになるのかしら?と勝手に妄想。Spiritsを魂と訳しているけれども、Spiritには気持ちとか精神とかいろんな意味があって、要するに去年足りないと感じたモノそのものだと思うので、いいスローガンなんじゃないかなと思いました。(追記:J's GOALの記事見て書いたのに、「FOOTBALL DREAM 07'魂(スピリッツ)」にいつの間にか訂正されててちょっと凹みました・・・。)

新ブラジル人選手たちには期待しまくりなのですが、特にマルキーニョスはこれまで散々イヤな目にあってきて、さらには去年カシマスタジアムでゴール後にすげー腹の立つガッツポーズを見せ付けられて、このやろー!と思っていた選手なのだけれども、味方となったら徹底的に信頼して応援するのみ。

今日は合わせて新しい背番号も発表。去年よりも若い背番号を貰った選手は、それだけ期待されているということだと思うので、頑張って欲しいです。と同時に、番号が大きいままの選手にもまた、来年こそは若い番号が貰えるように奮起して欲しいな、と。

2007012901さて、本題。

今日は自分ネタで。2006年の自分自身について振り返ると、2006年は自分のスタンスを見直すシーズンでもありました。このあたりは先月つらつらと書きまくったので書きませんが。でもって、遠征しまくりの1年でそれ自体はとても楽しかったです。遠征に必ずといってよいほどオプションをつけてしまうために、金銭的負担は正直結構しんどかった部分もあるんですが、それに見合うだけのいろんな体験、経験が出来たと思っています。温泉巡りもお城巡りもたっぷりできましたし、ご当地グルメも堪能した1年でした。温泉やグルメの視点から言うと、是非仙台や山形には早めにJ1に上がってきて欲しくもあり。あ、あと四国勢も。

そんな中でも印象に残っているのは、熊本旅行は別格として、それ以外だと福岡の二日市温泉、大分の普通の銭湯のような温泉、そして山梨のほうとうとぶどう狩りと温泉でしょうか。後悔というか今年以降に持ち越してしまったのが、新潟で鳥のから揚げを食べそびれたこと、京都観光で時間が取れずに大原方面にいけなかったこと、名古屋でマウンテンに登頂できなかったこと(現在休業中らしいですが)、同じく名古屋で蓬莱軒のひつまぶしを食べられなかったことなどなど、まだまだ沢山あるわけで、遠征の楽しみを忘れずに今年も無理せず楽しく遠征できたらよいなぁと思っています。や、今年はあまり遠征しないつもりではありますが・・・。

2007012902遠征しまくり=いろいろなスタジアムに行ったということでもあるのですが、観光やグルメに時間をかけすぎてしまって、肝心のスタジアムそのものを一部であまり堪能できないままだったのも若干心残りではあります。J1のスタジアムは、多くがアウェイ側を隔離しているので(鹿島相手だと特に?)、スタジアム探索をしようと思っても出来ないことも多々あるんですけれども、それでももうちょっとスタジアムの周りの雰囲気だったり、中の写真だったりを残しておきたいなぁと思いました。昨日から写真写真言ってますが、その場にいると写真撮ろうってなかなか思わないのだけれども、あとからやっぱりあのとき!となることが多いので、無駄撃ちでもいいから、パシャパシャしといたほうがいいのかなと。

そんな中で、中をぐるぐると回らせてもらったのが、博多の森と九石ドームという九州のスタジアム2つだったんですが、時間と空腹具合の都合でグルメ堪能まではいかずとも、屋台の雰囲気は十分楽しむことができました。遠征してきた身としてはどうしてもご当地メニューに目がいってしまうのですが、ホームサポーターの方が列を作るのはご当地グルメじゃないお店だったりで、絶対あっちのほうが美味しいんだろうなぁと思いながらも、でもやっぱりご当地グルメも食べたいなぁと悩むのもまた楽しく。まあこれは、私たちがカシマでいろいろなメニューを堪能している中で、アウェイの皆さんは揃ってモツ煮を食べているのと似たようなものなのかな?

こうやっていろいろなスタジアムを訪れるたびに思うのですが、カシマのようにコンコース全体がスタジアムグルメ状態になっているところは稀で、大抵のところはそういう場があってそこにいかないといけないわけで、カシマの場合、あまりにも当たり前にグルメがありすぎて、ありがたみが薄くなってしまってるなぁとも思いました。や、悪いことではなくてとっても嬉しいことだし、美味しい&温かい食べ物がほとんど並ばずに買えるというのは、歓迎すべきことではあるんですけれども、そんな状況にもうちょっと感謝しないとなぁと。

鹿島編といいながら、遠征編になってしまいました。明日は、選手編になったらいいなと思っていますが、予定は未定。

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2007/01/28

2006年を振り返る-鹿島編その1。

20070128012006年を振り返る、今日は鹿島アントラーズ編その1。1年のサッカー観戦のうち半分以上が鹿島絡みなわけで、長くなるのが目に見えているので分割で。

2006年の鹿島アントラーズは、長く続いたトニーニョセレーゾ政権と別れを告げ、地球一の監督就任と共に始まりました。正直、監督=トニーニョセレーゾというのが染み付いてしまっていたので、新しい監督がやってくるというのがどういうことなのか?がイメージできず、それが楽しみでもあり不安でもあり、そんなシーズンの始まりだったように記憶しています。それと同時に、パウロアウトゥオリが優秀なフィジコを連れてくるということで、2005年シーズン前半は日替わりヒーローという言葉が出まくっていたアントラーズだったけれども、日替わりヒーローがいる=レギュラー組に怪我人がいる、ということでもあったわけで、2006年は1年を通して怪我人を最小限に抑えた戦いが出来ることへの期待も高かったのでした。

フィジコに関しては、1年通してみてみるとほぼ期待通りの結果を残してくれたのではないかと思っています。怪我人ゼロというのはありえないことなので、多少の怪我人が出てしまったことはいたしかたないとして、怪我が練習中ではなく多くがが試合中だったということは(若干一名アップ中という選手もいましたが・・・)、練習で怪我をしない、怪我をしない練習をするというのが出来ていたのかなぁと。

怪我以外の面でも、選手の体が一回り大きくなったように思えた2006年でした。サッカー選手の場合、筋肉をつけすぎると機敏な動きが出来なくなる危険性を抱えていますが、そういうのは特に感じず、90分走りきれるようになってきたなぁとか、ぱたぱたと倒れなくなってきたなぁとかそういう印象を受けました。夏場が苦手なチームだけれども、2006年に限っては夏だから負けたというのはなかったと思いますし(それ以外の理由で負けてましたけど)。

20070128021年を通しての試合の感想はというと、いけるかも?と期待するとそのあと奈落の底に突き落とされ、もうだめか?と覚悟を決めるとそのあと勝ち続けるというジェットコースターのような1年だったように思います。最初のトキメキが開幕戦の柳沢ハットトリックで、最初の落胆がホーム開幕戦、そこからじわじわと上がってきていけるかも?と思った矢先に大分にナビとリーグで連敗。W杯中断明けいきなり川崎に負けてがっくりしていたらそこから連勝が続き、ここで勝てば優勝争いが見えてくるという浦和戦で2点差を追いつかれ、以下省略。

節目節目の試合でアウトゥオリはしきりに「メンタルの問題」ということを口にしていたけれども、果たして本当にメンタルだけの問題なのだろうか?やろうとしているサッカーに問題はないのか?と何度も考えさせられた1年でもありました。その裏で横浜FCの奮闘っぷりを間近に見たことで、やっぱりメンタルなんだろうなぁということで落ち着いたのですが。今の若い選手たちは、プレッシャーに弱いというイメージは全然無くて、むしろ昔に比べたらいつも飄々としているように見えるのだけれども、逆にその飄々とした感じが、強い気持ちに負けてしまうというか。メンタルというのは一定ならいいわけではなくて、時に高め時に落ち着かせとコントロールが必要なものなんだなぁと思ったりしました。あーでも、鹿島の選手の場合、負けず嫌いな選手も多いわけで、試合後に涙を見せたこともあったのだけれども、試合中にそのキモチが見えてこないもどかしさというのもあったかなぁ。敗戦後の選手達の姿に涙することが何度かあったのだけれども、できることならプレイで涙して、試合後は負けたとしても「よくやった」と称えられるような状況であって欲しいのだけれども、そうはいかないモヤモヤとしたものが常につきまとっていたように思います。逆に捉えれば、こちらが選手に求めるレベルが高すぎ、また選手達も求められている高さがあるべき姿だと捉え、実際のレベルよりも高いところを見すぎていたといえるかもしれません。もちろん、高いところを見ずに成長はないわけで、上を見るのは間違えてはいないのだけれども、現実とかけ離れていた部分もあったのかなぁと。でもそれが、アントラーズの誇りだと思うし、アントラーズらしさでもあるわけで。

2007012803アウトゥオリについて、もうちょっと書き足すと、正直10月は既に何度か触れたけれども、本当にこれでいいんだろうか?アントラーズらしさを捨ててはいないのだろうか?と悩みました。で、今振り返ってみてもやっぱり何試合かは監督に捨てられたなぁと思います。それでも、最後にはアウトゥオリの続投を願うようになっていたわけで、納得できない部分はあったにしてもパウロアウトゥオリという監督は素晴らしい監督だったなぁと思っています。采配以外の部分でも、試合後にこちらが得たPKに対してジャッジがおかしいとはっきりいう姿に惚れ惚れしましたし。それと、戦術面ではアントラーズの基本である中盤BOX型の4-4-2以外に4-1-3-2だったり、4-2-3-1だったり、4-3-2-1だったり、時には4-3-3?と思わせるようなサイドを重視した戦術が個人的にはとても楽しかったです。でもって、終盤になるにつれて形が出来てきたのが目に見えてわかったのが続投を願う最大の理由でした。アウトゥオリ政権を引き継ぐことになったオリベイラ新監督には、最後に覚えたわくわく感をそのまま引き継いで欲しいなぁと願っています。

以上、とりあえずその1でした。写真は、数少ない鹿島戦での写真から3枚を選んでみました。1枚目が、松本での風景、2枚目がコンコースから見える夕焼け、3枚目が天皇杯ホンダFC戦でのメインスタンド(多分ハーフタイムかキックオフ直前だと思うのだけれども、寂しすぎる)。鹿島戦以外では、デジカメ持参で写真を撮ることが多いのだけれども、鹿島戦は写真が少ないのが寂しいなぁと改めて思いました。基本的にゴール裏住人だからしょうがない部分もあるんだけれども、せめて試合中以外の写真はもうちょっと撮ってもいいんじゃないかな?と思いました。写真が残っているといろいろなことを思い出しますし。

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2007/01/27

2006年を振り返る-横浜FC編。

20070127012006年を振り返る、今日は横浜FC編。

2006年は、横浜FCの試合を沢山見に行きました(リーグ戦18試合、天皇杯1試合)。元々は鹿島の試合が無い日にどこか近隣のスタジアムで試合があれば見に行く、くらいのスタンスだったはずが、2005年の後半くらいから三ツ沢の雰囲気に吸い込まれるように、三ツ沢を優先というスタンスになって、それがW杯中断あたりからは鹿島の試合が無い日はまずは横浜FC優先で、というスタンスになって最後は・・・という感じでしょうか。さらに、試合の無い日には、鹿島の練習が午前練習(しかも9時スタート)ばかりになってしまって行きづらくなったというのもありますが、ふらっと横浜FCの練習を見に行くことも多々。チームを知れば知るほど応援したくなるの法則というのがあるのかわからないけど、私自身はそれにすっかりハマってしまったといっても過言ではないでしょう。

応援するクラブは1つだけという気持ちは常にありますし、たまにセカンドチームという表現をしている方も見かけますがそれは1番に応援している方に対して失礼だろうというのもあってあまり好きな表現ではなく、じゃあなんなんだ?ってことになるんですけど、好きなクラブとは別に地元のクラブを応援する気持ちというのが一番近いのかもしれません。カシマスタジアムでハーフタイムに他会場の経過がアナウンスされると水戸のところでざわざわっとなるのと同じ感じ?って何を言っても自己正当化だったり自己弁護になってしまうような気もするので、あまりぐだぐだ言うのはやめておきます。とにかく2006年は鹿島を応援しながらも、隙をみては横浜FCの応援もしていた、と。

2006年の横浜FCの試合を積極的に見に行きたくなった一番の理由は、そこには鹿島には無い(足りない)何か?があったから、だと思っています。鹿島をビッグクラブと称するのには抵抗があるのだけれども、横浜FCと比べたら資金も環境も豊かなのは間違いないので便宜的にそう表現しますが、横浜FCを知れば知るほど、ビッグクラブとは何もかもが違う中で戦っている姿に惹かれていきました。

例えば、練習見学に行くと、真夏の暑い中、駐車場の上にぽつんと作られた人工芝ピッチの上で練習していて、その横ではチームスタッフが人工芝の上に絶え間なく放水し少しでも人工芝の高温化を防ごうとしていて(コンクリの上に作られた人工芝ピッチは真夏になると物凄い熱を持つそうです)、見学者には見学スタンドなんてものはなくピッチを囲むネットに張り付いて見るのみで、当然オフィシャルショップもなければ軽食が食べられる鹿ガーデンのようなものもなく、練習が終わるころになると次の利用者たちがピッチの外で準備を始め時には場内アナウンスで撤収を求められ、練習が終わったら終わったでスタッフ用駐車場に車を止め切れなかった選手達は見学者が利用するのと同じ駐車場に止めた車に戻って帰路につき、と揚げていけばキリがないんですけれども。逆に、見学者とピッチの距離が近すぎるおかげで、監督が練習中にミスったときにはすかさず見学者からチャチャが入り、それに監督が笑顔で何らかのリアクションをするなんていうフレンドリーな面が見られたりもして。優勝を決めた前日の練習では、選手達の出口の回りにゴール裏のコア層が陣取り、選手一人一人に声を掛けタッチして時にはコールして激励するという場面にも遭遇したのですが、全てにおいて新鮮だなぁってのと、ビッグクラブが忘れてしまっている何かがそこにはあるなぁと。

試合では、これは2006年の記事に何度も書いたことなんだけれども、技術的だったりフィジカル面で相手よりも勝っているとは言い難い選手達が、勝利への強い気持ちを90分示し着実に結果を出していく姿に何度も感動させられたのでした。緑のチームの監督さんがよく「キモチだよ!」と言っていたけれども、それをちゃんと実現できていたのは隣のチームだったんじゃないかな?

私自身の嗜好で言うと、鹿島のテクニシャンたちが魅せる華麗な技だったりパス回しだったり変態プレーを見るのが大好きなんだけれども、その反面、泥臭さだったり勝利へのキモチがスタンドで見ている側にはなかなか伝わってこない部分に物足りなさを感じ(全ての試合がそうだったわけではないけど、2006年の鹿島はアウトゥオリが何度も指摘していたようにメンタル面での弱さが目立っていたと思っています)、その物足りない部分を横浜FCがこうやるんだと実演しているのが凄く興味深かったというか。決して自分の好きなサッカーをやっているわけではないんだけれども、チーム力で勝利をもぎ取るサッカーの面白さを教えてもらったといったほうがいいのかな?鹿島とは全く違うクラブだからこそ、どんどん気になる存在になっていったのでした。

横浜FCは、メディアで取り上げられるときには、かなりの確率でベテラン勢ばかりが注目されて、まるでベテランだけでサッカーをやっているかのような錯覚に囚われがちだったりするんだけれども、中心となったベテラン勢と共に若手が成長し活躍していたのも印象的でした。しかも、その若手もまたそれぞれがドラマを抱えているというのが、感動大好き日本人な私にはとっても魅力的で。両SBの小野智吉選手と中島崇典選手は共に一度湘南を首になり練習生として横浜FCで再スタートを切った過去があり、正GKの菅野孝憲選手はユースで活躍しながらトップに上がれなかった過去を持ち、一見数少ない生え抜き選手として横浜FCの中では優等生的存在に見える内田智也選手でさえも、高校時代に世代別代表に選ばれ選手権でも優秀選手に選ばれたにも関わらず、体の小ささもあってか「声を掛けてくれたのは横浜FCだけだった。」という屈辱を味わっていて、途中から控えの切り札として活躍した滝澤邦彦選手は、千葉を解雇されたあと浪人生活を強いられる中でやはり横浜FCの練習生として再起し、とあげていったらキリがないのだけれども、サッカーを続けられる喜びを知った選手たちが魅せるサッカーの魅力が溢れていたのが素晴らしいな、と。その裏では生え抜きの選手が戦力外通告を受けるというプロの厳しさも見ることになったんですが。

とまあ絶賛してしまいましたが、2005年まではJ2では全くと言ってよいほど結果を出せず低迷していたわけで、結果を出したからこそ美談としていろいろなドラマが溢れてきたわけで、結果が伴わなければ消えていくだけのプロの世界。その結果を出していく過程を見ることが出来た喜びに感謝したいです。

最近、サッカーにあまり興味がなかったり興味がないわけではないんだけれどもスタジアムに足を運ぶには至らない友達にサッカーの魅力を語るとき、鹿島のことよりも横浜FCのことを熱弁してしまう自分がいます。鹿島の場合遠方サポの面倒臭さや辛さによってハードルが高くなるってのもあるんだけど、これから好きになる可能性がある人には地元のチームを応援して欲しいなって部分もあり、何よりも熱弁しやすいというのがあり。

まだまだ書きたいことは多々あるんだけれども、無理矢理まとめると、2006年の横浜FCはとても楽しく頼もしい存在でした。今年は初めてのJ1。J2では上手くいったことがぜんぜんまかり通らなかったり、ごまかしが効かなくなって苦しい戦いになるとは思いますが、「残留」という目標を達成し、あわよくば上位進出という夢を達成できるよう、今年も頑張って欲しいなぁと思っています。鹿島と同じカテゴリーになってしまったけれども、今年も隙を見ては横浜FCの試合に足を運んで、その戦いっぷりをこの目で確認していきたいなと思っています。そして、何よりも鹿島との対戦を楽しみにしています。

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2007/01/26

2006年を振り返る-J1編。

2006年を振り返る、今日はJ1編で。

と、その前に。2007年の日程が発表になりました。2006年は発表前から開幕が広島ではないか?ということで、格安パックツアーの申し込みに走り回っていたのですが、今年は宿泊が必要な遠征はしばらく先ということで、でもって今年は無理な遠征を控えようと誓っているので、のんびりとでもわくわくしながら発表をむかえました。

で、実際に発表された日程を見て思ったのが、「今年ってもしかして全試合制覇するには例年に無く楽なのでは?」ということだったりしたんですが。思った次の瞬間、や、だから全部行こうとするのはヤメなさいと自問自答が始まって・・・。今年は、フジロックにも無事行けそうなのでお金が入用になるし、いかに自分の欲望を抑えて身の程にあった観戦にするか?が課題となりそうです。鹿島が遠方アウェイのときは、横浜FCの試合を見に行けばいいじゃないかと思いきや、結構な確率でホーム同士、アウェイ同士が重なってしまってこのあたりの判断も難しく・・・。一応、目標としては鹿島の試合で30試合、横浜FCが10試合、その他のカードが15試合程度になるように調整していきたいところではありますが、シーズンが始まってしまうとどうなることやら。以上、時候のご挨拶でした。

2007012601で、本題。2006年を振り返る、今日はJ1編で。

2006年は、鹿島以外の試合はJ2優先だったこともあって、リーグとナビ合わせてわずか5試合の観戦となりました。それプラスA3の3試合で計8試合。A3で数を稼いでしまった部分もあるんですが千葉とあとはJ1で自分的優先度が一番高い川崎の試合が3試合ずつ、以下磐田が続くといったところでしょうか。千葉と川崎はナビスコ杯で鹿島と対戦しているので2006年でもっとも見た鹿島以外のJ1クラブだったのかな。こっそりブログ上にカテゴリーを作っているFC東京にいたってはゼロという結果に。2007年は原さん復活で興味津々なので、再び味スタに足を運ぶ機会が増えるとは思いますが。

とまあこんな状態なので、2006年はJ1の他クラブ事情を客観的に見ることができていなかったと言い切ってもおかしくないかと思います。ので、鹿島の対戦相手としての感想を適当につらつらと。

2006年、鹿島が相性悪かったなぁと思ったのが浦和と大分、川崎、横浜FMの4クラブ。特に順位的には下のはずの大分とは対戦成績がリーグナビ合わせて1勝3敗という負け越しっぷりでした。めぐり合わせで、何故か大分相手だとベストメンバーが組めなかったりという事情があるにしろ、大分も怪我人でベストメンバーを組めていなかったことを考えると言い訳にはならないわけで、シャムスカにやられたってことなんだろうなぁと思います。3試合共、相手にやられたというよりも自滅したという印象が強かったのですが、3回続いたということはそう思わされているだけで、実際は相手の思う壺だったのではないか、と。苦手クラブが増えていいことなんてなんにもないので、2007年は大分からはきちっと、特に九石ドームですっきり勝ちたいものです。

浦和とは、悔しいけれども力負けしてたなという印象。それでも3度の対戦で徐々によくはなっていったはずなので、今年こそは元お得意様復活になって欲しいところです。川崎との対戦は、負けた試合全てで鹿島の選手が途中で誰か退場になっていたのが・・・。一時期、鹿島×名古屋は最後まで22人残っていたためしがないなぁと思っていたのだけれども、それが鹿島×川崎にシフトしてしまったのでしょうか?(って調べてみたら名古屋戦も相変わらず全試合退場者が出ていました・・・。)横浜FMはチームの調子の波が上のときにたまたま鹿島と当たったのかなと思わざる得ない結果だったので、まあ。早野監督と鹿島は調べてないけど相性がよかったような気がするので、今年はどうにかなることを期待しています。

これ以外で印象的だったのが、甲府の小瀬での戦いっぷりでしょうか。鹿島のアウェイ=相手のホームには全クラブ行ったわけですが、ホームサポーターの人数では浦和はもちろん新潟、大分よりも少ないはずなのに、小瀬には何かが住んでいる?と思いたくなるような見えない力があったように思います。負けて一番ブチ切れたのもこの試合だったんですけれども。

以上、J1を振り返っているようで結局鹿島と絡むしかなかった2006年のJ1感想でした。

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2007/01/25

2006年を振り返る-J2編。

20070125012006年を振り返る、今日はJ2編。横浜FC編は別にして、それ以外のお話をだらだらと。

2006年はW杯中断期間があったので鹿島戦以外は元々J2三昧になる予定で、その中心はヴェルディか柏かってつもりでいたんですが、気がついたら横浜FC中心になっていて、結局、横浜FC戦以外のカードでJ2の試合を生観戦したのが、3試合のみ(+ヴェルディのACL1試合)。3試合はいずれも柏、ヴェルディ、神戸の降格組絡みのカードで(うち日立台2試合、って横浜FCとの対戦を考えると、1年で3度日立台に1度柏の葉に行くという予想外の結果に)、J2そのものというよりも昇格争いに注目していたのでした。毎年大外ししている開幕前の順位予想で、2006年の予想では、降格3クラブがそのままベスト3になるだろうという予想をしていたんですが、ヴェルディが期待外れだった代わりに横浜FCが大躍進したというところでしょうか。

というわけで、降格組3クラブの感想をそれぞれ、適当に。

まずは、柏。開幕ダッシュに成功して、これは昨年の京都、一昨年の川崎並に独走体勢に入るか?と思わせておいて、コロっと連敗したりする柏というイメージが強かったのですが、この柏の絶妙な勝負弱さが2006年のJ2を面白くしていたように思います。元々、降格したときでさえ、普通にやってたら落ちないだろう?というサッカーをしていたはずなのに、肝心なところでやらかしていた印象があったからってのもあるんですが。

2006年最初に柏を見たのが、味スタでのヴェルディ戦だったのですが(キャバクラ大野ダービー?)、このときはまだ岡山がチームにフィットしきれていなくて、ヴェルディ側に退場者が出てからなんとかブラジル人パワーで勝ったものの、絶対的強さはないのかな?という感じで。それからしばらくして、柏=岡山というくらいの岡山ブームが起きて、W杯中断期間は、岡山祭全盛期だったのかな?前年福岡でサポと怒鳴りあいをしていた岡山の姿を見た身としては、岡山が岡山らしくパフォーマンスしていることをとても嬉しく思ったのでした。

が、最後の最後、柏が苦しんだ裏には岡山が通用しなくなってきていたというのも大きかったように思います。だからといって、ここまでの功労者である岡山をはずすことができるのか?という視点で見ていたりもしたわけですが、最終戦で岡山をベンチに下げるという采配を見せた石崎監督に驚きつつも、これが決め手だったのかなと。でもって、思い込みですけど、岡山が柏に完全移籍した理由の1つに最終戦ベンチだったこともあるのかなぁと。2007年は久しぶりに日立台で鹿島戦が見られそうなので、とっても楽しみにしています。

続いて、神戸。こちらは、柏とは正反対にスタートで躓いた印象が強かったのですが、その理由がバクスター監督のやろうとしているサッカーの浸透に時間がかかったから、ということが徐々にわかってきて、「神戸らしさ」が確立された以降は、2006年のJ2で一番怖い存在になっていたように思います。結果論ですけど、バクスター監督の帰国がなければ、1位通過も十分考えられたのではないかと。指揮官の帰国というアクシデントを抱えながらも、最終的に滑り込みでJ1にあがれたのは、三浦淳宏キャプテンの力というのも大きかったように思います。柏が、チームとサポーターが一体となって戦っていたのに対して、神戸は三浦淳宏を中心に戦っていたなぁと。

ラスト、ヴェルディ。ヴェルディについては、自滅だよなぁという印象が一番強く、迷走という単語がよく似合う1年だったのではないでしょうか。戦力的にはJ2の中で一番層も厚く52節を戦いきる体力はたっぷりあったはずなのに(しかも足枷になると思われたACLは2試合のみで終了)、シーズン途中で監督との確執だったり、要するにぶっちゃけてしまえばラモス贔屓か否かでスタメンがコロコロと入れ替わっていったのが第三者視点で見ていると不思議でしょうがなかったです。選手の数が多いからしょうがなかったのかもしれないのだけれども、ある程度は固定メンバーで戦う我慢強さも大事なのではないかなぁと。昇格が絶望的になってからのほうが、強く感じたのも残念でした。

2007年のヴェルディは前年以上の大型補強を行って、J1復帰を狙っていますが、昇格できるかどうかはラモスが1年を通じてブレのない采配ができるか?にかかっているように思います。

降格組以外の感想もさらりと。
面白い存在だなと思ったのが、愛媛。J1クラブの出場機会に恵まれなさそうな若手を集めてメンバーを構成するというやり方で参加1年目ながらそれなりの結果を出していたのがよかったなぁと。徐々にチームとしての体力をつけながら最終的にはレンタル組に頼らないチーム作りを目指しているのかなぁと思いました。2007年は2006年以上に派手にレンタル組をかき集めているようですが、もうしばらく長い目で見て行きたいクラブだなぁと思いました。

もう1つ、興味深かったのが水戸。第1クール、第2クールではミトナチオといわれる引き篭もりサッカーを展開していた水戸が攻撃に目を向けだしたのが面白かったです。形を作り上げることはできなかったけれども、前田采配が継続するようなので2007年には完成型の水戸が見られるのでは?と期待しています。

以上、全クラブに触れることが出来なかったのですが、2006年のJ2の感想をつらつらと書いてみました。

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2007/01/24

2006年を振り返る-世代別代表編。

2007012401ちょいと出遅れた2006年を振り返る、今日は世代別代表編。

A代表よりも期限がある分だけ世代別代表のほうが瞬間的な思い入れが強くなったりします。ここで負けたらこのチームは解散なんだ!っていう追い詰められた感じがそうさせるのかもしれません。その世代別代表の終了時点がU-23代表、所謂五輪代表となるわけですが、4年に一度の五輪に照準を合わせたU-23代表は(実質活動は2年くらいだけど)、それぞれにいろいろな思い出があり、その後A代表で活躍することになっても、ついつい選手を五輪代表別(もしくはワールドユース代表別)に世代分けしてみてしまうというか。

2006年は北京五輪を目指すU-21代表立ち上げの年となりました。チームの母体はオランダワールドユース組で、そこに新たな選手が入ったり、レギュラーだった選手が外れたり、大学組が新たに呼ばれたり反町監督の意向にあわせた編成があり、日中韓の親善試合を4試合こなしたあと、アジア大会に出場。結果は、残念なものに終わってしまいましたが、他国よりも下の世代で臨んだことを考慮すれば、北京五輪への道は厳しいけれども決して絶望的なものでもないということがわかった年だったのではないでしょうか。

前回のアテネ組に比べて、北京組は既にJでレギュラーを掴んでばりばり試合に出ている選手が多いなぁという印象を受けています。反町監督はJ視察時に試合にあまり出てくれないとぼやいていましたが、彼が視察している対象は呼ぶかどうかボーダーライン上の選手であり、このチームでレギュラー組として出ている選手達はJでもしっかり出ているなぁと。さらには、ユース代表の選出から漏れた選手を呼んでみたりという実験的な部分も話題づくりだったり、選手の活性化に一役買っていて評価したいところ。ユース代表に漏れてしまったセレッソ大阪の森島選手がこの代表から再びユース代表に復帰したり、野洲高校の乾選手が選出されて(こちらも結果的にはユース代表から外れたからと考えて問題ないでしょう)短い出場時間ながら魅せるプレイを披露したりと、立ち上げ年度ながら見る側にワクワク感を与えてくれました。

鹿島サポ的にはやはり増田誓志の活躍が一番気になるところではありますが、鹿島でプレイするよりも前目の位置でプレイし、日中韓の親善試合では得点を決めたりとまずまずの活躍だったと思います。鹿島ではボランチでプレイすることがほとんどだった2006年ですが、ミスや判断の遅さが目立つ部分が結構あったりして、冷や汗をかくこともたびたびで、まだまだだなぁと思うことが多かったんですけど、代表では前目にいたことで、思い切りのよさが発揮されて積極的にプレイできていたのが印象に残りました。鹿島の選手では、今行われているカタール国際に出場しそびれた興梠慎三にも期待しています。アジア大会までの試合の印象として、形は作れても最後に突破できたり、負けているときに流れを変えたりできる選手が足りないなぁってのがあって、その役として慎三が出てきたらなぁと。前田俊介にも同じような期待をしているんですが、2006年の前田俊介はチームでも代表でも不完全燃焼だったようで、2007年の復活に期待しています。

続いて、ユース代表。こちらは、篤人が常にレギュラーということもあり、五輪代表と同じくらい注目していたのですが、フルメンバーでの国内での試合が皆無だったため、でもってテレビ放送も限られていたため、まだまだわかるようなわからないようなチームだったりします。ワールドユース前の壮行試合は是非国立あたりでやって欲しいところ。アジアユースは残念な結果に終わってしまいましたが、監督の準優勝だから次があるという発言に共感を覚えたりもしました。アジアユースで知った悔しさをワールドユースにぶつけて欲しいな、と。さらには、ワールドユース後に合流する選手も出てくるだろう北京五輪代表、さらには既に梅崎選手が召集を受けたA代表と先はまだまだあるわけで。

2007年は、五輪代表の飛躍、ユース代表のワールドユースでの活躍はもちろんのこと、ワールドユース後の五輪代表組に注目していきたいなぁと思っています。以上、世代別代表編でした。写真は、日韓戦のときのもの。

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2007/01/23

2006年を振り返る-A代表編。

2007012301世間よりも1ヶ月ほど遅れていますが、熊本旅行記をやっと書き終わったので、今日からしばらくの間、高校サッカー&インカレ話の前に2006年を振り返ってみようかと思います。まずは、日本代表編。A代表と世代別代表で分けてみました。で、今日はA代表。

2006年は、W杯イヤーだったこともあって、代表の話題は沢山あったわけなんですけれども、結果が結果だっただけに、世間では既に忘れ去られようとしています。2002年のW杯をきっかけにサッカーに興味を持った人は沢山いるように思うのだけれども、果たして2006年のW杯で新たに興味を持った人はどれくらいいたんだろうか?って考えると、自分の身の回りには全然いないわけで、代表の結果が結局は日本でのサッカー(つまりJを頂点とするプロリーグだったりアマリーグだったり学生サッカーだったり)の反映と直結してくる部分というのがあるのだろうなぁという感想を持たざる得ないというか。そういう意味でも、Jを応援するからこそ、代表の様子はこれからも気にしていきたいなぁと思っているし、代表には頑張って欲しいなぁと期待しているんですけれども。そのためには、協会の体質改善ってのも必要なんじゃないのかな?とかいろいろ思うところはありますが、今は割愛。

2007012302ジーコジャパンについては、W杯後に一度軽くだけどまとめているのでおいておくことにして、2006年はオシムジャパン誕生の年でもありました。千葉時代のオシムの考え方、やっているサッカーは面白いなぁと思っていたので、代表でどんな風になるのかな?と期待していたのですが、2006年のA代表では、まだその答えがよく見えなかったというのが正直なところでしょうか。いろいろな選手を呼んでメンバー選考をしている段階だからしょうがないといえばそれまでなんだけれども、まだしばらくは様子見でいきたいところ。

ただ2006年の報道だったりを見ていて気になっていたのが、オシムを崇めすぎていないか?ってことで。ジーコが同じような発言(大抵は、協会に対する日程への苦言だったり、選手のコンディションだったり)をしていたときには、監督の力不足と一蹴していた部分で、オシムが発言すると、「オシムの言うとおり!」となる傾向が少なからずあるのではないか?と。ジーコとオシムで話し方やメディアの利用の仕方が違うといえばそれまでなんだけれども。今後、オシムジャパンが軌道に乗り結果を出していければ、余計な心配だったと笑うことが出来る話なんだけれども、もし失敗したときに取り返しがつかなくならないよう冷静に判断していく必要があるんじゃないかな?と思っています。誰が?って協会がですけど、今の協会は世論に弱いから結局はメディアが、なんでしょうね。ジーコは一度解任デモがあった後、アジア杯で結果を出してW杯まで指揮したわけですから、2007年はオシムも結果を求められるべきかなって思っているんですが、2007年のアジア杯が終わるまではオシムを信じて応援してきたいなぁと思っています。その後は、結果次第。

個人的嗜好で言うと、オシムは自分のやろうとしているサッカーを既に身につけているという理由で、千葉の選手を多くスタメン起用していた印象があるのだけれども、クラブはやろうとしているサッカーにあわせるという戦術はアリだと思うんだけど、代表は選ばれた選手、日本を代表できるテクニックやフィジカル、戦術眼を持った選手にあわせたサッカーが見たいなぁってのはあります。ジーコがやろうとしてできなかったことだから、強くはいえない部分もあるんだけれども、戦術的理由で日本代表なのに日本を代表できるだろうプレイヤーがピッチにいないのは寂しいなぁと。具体的に誰がってことではないんですが、少なくても2006年のオシムジャパンでは、スタメンよりもベンチの選手のほうが見てみたいと思ったわけで。今後は海外組も呼ぶという話もあるようなので、2007年の楽しみにしたいと思います。

無理矢理まとめると、2006年の代表はジーコジャパンもオシムジャパンも期待通り!とはいかなかったけど、2007年に期待したいなということで、最低でもアジア杯3連覇はノルマだと思っています。以上、2006年のA代表を自分なりに振り返ってみました。写真は、2006年に観戦した代表戦で撮った写真。

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2007/01/22

熊本旅行記その5。

2007012201熊本旅行4日目、最終日のお話。

3日目の夜は高千穂泊だったので、宮崎県にいるわけですが。前日夜に、雲海が見られるかもしれないという情報を入手したことで、翌日ダメ元でチャレンジすることにしたのでした。午前11時には熊本にレンタカーを返却しなくてはならなかったので、かなりキツキツのスケジュールとなってしまったのですが。

雲海を見るには、国見ヶ丘という場所が最適とのことで、日の出時刻と国見ヶ丘までの移動時間を考慮し朝6時半に宿を出たのですが、車まで行ってみると見事に凍結していて、動かせる状態になるまでに10分ほど費やしてしまいました。想定外の出来事にあたふたし、このまま国見ヶ丘に向かっても間に合わない&この時点で空を見る限り雲海が出るかかなり怪しい・・・ということもあり、宿から近場で雲海が見られそうな場所として念のため教えていただいた場所に移動。結局、雲海はこの日発生せず、見ることは叶いませんでしたが、高千穂の幻想的な朝の風景に満足して宿に戻りました。

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宿で朝食をいただいた後、熊本に向けて出発。325号経由のルートではなく、218号ルートを選択してひたすらドライブ。熊本→高千穂の旅を通して、高速道路が全く無い割に長距離移動をしなくてはならなかったので、結構しんどいのでは?と覚悟していたのですが、国道が高速道路並みに快適にドライブできるようになっており、移動距離に対しての疲労はこちらで運転するのとは雲泥の差となりました。

上の写真は、途中、通潤橋で休憩したときのものです。石橋から豪快に水が流れ出る写真に惹かれて立ち寄ったのですが、ちょろちょろと流れているだけでちょっとがっかり。ガイド誌に載っていたのはイベントのときの写真だったようです。道の駅から見学できるようになっていたのですが、道の駅内に昔の農家の道具が展示されているスペースがあり、そちらは興味深く眺めてきました。

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結局、道路事情に恵まれたこともあって、予定より早く熊本に帰還。レンタカーを返却した後は、熊本城に向かいました。敷地内に足を踏み入れた感想は、「でかい!」。遠征で時間が許せばその地のお城に立ち寄るようにしていたのですが、この1年で立ち寄ったお城の中で一番広かったような気がします。当初は眺めるだけのつもりだったのですが、せっかくなので中に入ってみることに。最上階から撮ったKK WING方面の写真が右の写真。お城の中には興味深い展示品が沢山あったのですが、時間があまりなく流し見程度になってしまったのが残念でした。

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その後は、一旦熊本駅に戻って駅前からKK WING行きのシャトルバスに乗って最終目的地へ。既に多くの鹿島サポが集まっているスタンドへ向かいました。試合終了後は、そのまま熊本空港に出て羽田へ。4日間の長旅が終了しました。

4日間、とても有意義な旅が出来て楽しかったです。が、唯一且つ最大の過ちだったなぁと思ったのが、散々温泉でのんびりまったりしても最後に応援して疲れ果ててしまったら結局疲れて帰宅するんじゃないのか?ってことで、順番としてはサッカーを初日にするべきだったのかなぁと。まあ、年末の忙しい時期だったので、無理な話ではあったんですが、今後、遠征と旅行を合体させるときには、考慮すべき点だなぁと思いました。

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2007/01/21

熊本旅行記その4。

2007012101熊本旅行記3日目後編。

熊本旅行記といいつつ、3日目後半は宮崎県の高千穂まで足を伸ばしてきました。以前から一度は行きたいと思っていた場所だったのですが、以前宮崎旅行をしたときは、意外に宮崎市内から遠くて気楽に日帰りする場所ではなく断念したりしたこともありいつかはと思っていたのですが、念願かなっての高千穂訪問となりました。

今回行き先を決めようと地図を眺めていたら、実は高千穂は宮崎市街からよりも熊本からのほうが近いのでは?ということに気がつき、それならこの機会に行ってみようということで、当初熊本県内を満喫するつもりだったのですが、予定を変更し高千穂訪問を組み入れたというところです。

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それともう1つ、元々行ってみたい場所ではあったんだけれども、鹿島アントラーズに興梠選手が入団したことで、関東では珍しい「興梠」姓に興味を持ちいろいろと調べてみたら、高千穂が起源らしいということを知り(興梠選手自身は宮崎市内出身だったと記憶してますが)、そこから興味が神話へと移り、益々行ってみたくなったというのもありました。

高千穂に入って最初に訪れたのが、高千穂峡。写真等では何度も見たことがあった風景だったのですが、実際に目の前で見た感想としては、神話が生まれるにふさわしい神々しい場所だなぁと。午前中は、「阿蘇すげー!」を連呼してたんですが、午後は「高千穂すげー!」と、そんな感じでした。高千穂峡を出た後、高千穂神社にお参りをし、この日の宿に向かおうと思ったんですが、昼間入った泥湯のざらざら感がどうにも気になったままだったので、そのまえに高千穂温泉に立ち寄り(まだ温泉か!って感じですが)、不快感を除いてから宿に向かいました。高千穂温泉は、お湯自体は特に特徴も無く観光の一環でわざわざ入りに来る場所でもないのかなという印象でしたが、地元の方のための施設という意味では、いろいろな設備が併設されており、良い場所なのではないかなと思いました。

で、やっと宿へ。この日に泊まった宿は、この旅の中で、最もお食事が美味しく、もてなしも素晴らしく是非再訪したいと思った宿でした。宿について荷物を置いたあとは、隣にある天岩戸神社にいったものの日が暮れてしまい半分も見られないまま退散。肝心の神話に出てくる場所を見ることができなかったのが心残りです。その後、宿で夕食をいただいたあとは、宿の方の送迎で、先ほど訪れた高千穂神社に戻り、観光神楽の見物をしました。

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上の写真は、日中訪れたときの高千穂神社の写真と夜観光神楽が行われた神楽の写真です。高千穂について、事前にいろいろと調べていたときに夜神楽の存在を知り、できれば本物が見てみたいと思ったんですが、今回の日程で一晩中見るのは無謀だとわかり、さわりだけ紹介してくれる観光神楽だけでもということで連れて来ていただいたのでした。夜神楽については、素人の私が一生懸命説明しても言葉足らずになるのは目に見えているので、参考にさせていただいたサイトを紹介しておきます。

高千穂夜神楽の解説
夜神楽の動画

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観光神楽では、33番あるうちの4番を見ることができました。そのときの写真が上の4枚です。4番見て思ったのが、やはりいつかは全部見てみたいということで、何年後になるかはわからないけれども、高千穂再訪を決心した夜でした。

観光神楽の後は、宿の方に天岩戸温泉に送迎していただき(また温泉!)、のんびりくつろいだ後宿に戻ると、お夜食にぜんざいを出していただきとても嬉しかったです。ぜんざいをロビーでいただきながら高千穂のお話を伺ったりしていたのですが、季節的にちょっと厳しいかな?と思っていた雲海がこの日の朝見ることが出来たというお話を聞き、俄然興味を持ち始め翌朝早く起きられたら出かけてみようと思いながら就寝しました。

以上、3日目のお話でした。

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2007/01/20

熊本旅行記その3。

2007012001熊本旅行3日目。

最初に熊本旅行というタイトルにしてしまったんですが、3日目は宮崎県にも行ってるんでした。まあいいや。3日目は長いので(やっと温泉三昧から観光らしくなってきたとも言う)熊本編と高千穂編の2分割でいきます。

2日目は微妙なお天気だったのですが、3日目は晴天に恵まれ、おかげで素晴らしいドライブ日和となりました。杖立温泉を朝出発した後、最初に向かったのが阿蘇。前日は外周をドライブでしたがこの日は真ん中へ。杖立から212号を南下して、阿蘇内牧温泉付近に出た後は、山頂方向にどんどん登っていきました。本当は、ロープウウェイに乗っていけるところまでいきたかったのだけれども、ガス規制がかかっていて、山頂までいけず。阿蘇の山麓には馬や牛がいて、道路には馬牛優先っていう標識が出ていたりで、のどかで壮大で出てくる言葉といえば、「阿蘇、すげー!」の連呼でした。富士山とは違った凄さがここにはあるなぁと思ったです。飛行機からの景色でも富士山と阿蘇は別格だなぁというくらい目立っていたことを思い出しました。

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阿蘇で撮った写真を貼っておきます。午前中だと逆光になってしまってあまりキレイに撮れないことを知りましたが雰囲気だけでも。阿蘇でもっとのんびりしていたかったのですが、先の予定が詰まっていたのと気温が低くて長時間外に出ているのがしんどかったのとで、適当に下山。来た道を戻るのではなく、さらに南下していきました。この途中で昼食。

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昼食を食べた後は、地獄温泉に向かいました。温泉好きの割に所謂泥湯と呼ばれる温泉に入ったことがなかったので、かなりわくわくしていったんですが、入ったときはとっても気持ちよかったものの、温泉を出た後徐々に体がざらざらしているのが気になりだして、ちとしんどかったです。温泉に入るときは、温泉成分を洗い流さないようにあがるときにあまりあがり湯をかけたりしないようにしていたんですが、泥湯の場合はちゃんと洗い流しておかないといけないのかな?

ここは、湯治場として有名なところらしく、ここまで訪れた温泉はどこも平日だったこともあって閑散としていたのですが、ここは沢山のお客さん(ほとんどが高齢の方)で賑わっていました。欲張って全部のお風呂に入ってみたかったんですが、時計と相談して2箇所を回って終了。

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地獄温泉を出た後は、国道325号に戻り、この日の宿泊地である高千穂に向かってひたすら東へ。途中、白川水源という川の水源地に立ち寄ったときの写真が上の写真です。とても美味しい湧き水と、その湧き水で入れたコーヒーを隣接する茶屋で頂き(コーヒーを頼んだだけなのに、名産のお豆腐や佃煮、煮豆等テーブル一杯にサービス品を出していただき感動&恐縮の茶屋でした)、後にしました。

以上、3日目前編でした。

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2007/01/19

熊本旅行記その2。

2007011901熊本旅行2日目。

朝風呂をたっぷり堪能し朝食を頂いた後宿を出て一旦電車を乗り継いで熊本駅に戻り、熊本駅からはレンタカーを借りてドライブの旅に出ました。まずは、国道57号を通ってひたすら阿蘇方面へ。阿蘇山の麓のあたりまで来たところで、北側のルート、ってつまりそのまま57号を通って、阿蘇の市街地のほうに出ました。前日、夜からあいにくの天気で、雨が降ったり止んだりの繰り返しだったので、せっかくの阿蘇の景色をあまり堪能できずちと残念でした(一応、ドライブ中に駐車場有の展望スペースから撮った写真)。

さらに、そのまま車で国道212号を北上し、この日の最初の目的地南小国町へ。南小国町の戸無というところでは、まだ歴史は浅いものの美味しい湧き水を使用したお蕎麦屋さんがあると知り、是非とも食べてみたいなぁと思い、この日の昼食の場所に選んだのでした。国道212号から、途中、蕎麦街道という看板が出ている脇道に入っていったのですが、山の中のさらに脇道ということで車1台分程度の道幅の道がずっと続き、車にカーナビはついているものの迷子になってしまったのではないか?と何度も思うほど寂しい思いをし、いい加減後悔し始めた頃に目的のお蕎麦屋さんの看板がやっと見え、かなりほっとしたのでした(ちなみに、蕎麦街道を北上せずに212号をさらに北上して蕎麦街道の反対側の入り口から南下すれば道はそれほど険しくはなかったです。)。

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この一帯にはお蕎麦屋さんが何軒か並んでいたのですが、その中でも元祖であるという戸無のそば屋さんを選択し、お昼ご飯をいただきました。奮発して一番高い箱蕎麦のセットをいただいたのですが、とても美味しかったです。最初にお茶と一緒に揚げたお蕎麦のお菓子のようなものが出てきたのですが、これがとっても気に入ってしまい、帰りにお土産(当然自分用)として、買って帰りました。

2007011904お蕎麦を満喫した後は、442号に出て黒川温泉方面へ(クロカワと入力すると最初に黒河が出てしまうのはサカオタの証?)。最初に訪れたのが、南黒川温泉の竹ふえという宿の温泉でした。黒川温泉らしく離れがいっぱいある中にいろいろなお風呂が点在している旅館だったのですが、その中でも竹林の湯というお風呂を利用してくださいとのことだったので、そこへ。先客がちょうど出たところで誰も入浴していなかったので、写真をパチリ。

ここを出た後は、黒川温泉の中心部を通過し、山河旅館というところへ行きました。こちらもいかにも黒川温泉といった感じの旅館で、高級感たっぷりな作りとなっていました。当日、モブログ投稿したのがここの写真です。

とまあ、とりあえず黒川温泉に行ってみようと立ち寄ってみたものの、立派な建物を前に一度は泊まってみたいなぁと思いつつも、黒川のお湯はあまり癖が無く優等生的な感じで、最近だと由布院で入ったお湯とかなり似ている印象だったんですけど、いまひとつ物足りなかったのもまた事実。由布院の名前を出しましたが、共に秘湯と言われながらも、かなりな宣伝をしていて=すっかり観光地然していて、全然秘湯って感じではないなぁとも思ったです。秘湯というのは、東北の山奥の冬になったら道路が封鎖されていけなくなってしまうようなところだと思ってるからいけないんでしょうけど。

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黒川温泉を出た後はさらに北上し、この日の宿泊地杖立温泉に向かいました。個人的には、こういう昔ながらのひなびた温泉街のほうが落ち着きます。庶民というか貧乏性というか要するに高級なものに慣れてないからというのが大きいのだとは思いますが。

杖立温泉は、歴史ある温泉でお湯もさることながら、高温泉を利用した蒸し風呂が名物ということで興味津々に入ってみましたが、サウナよりも低温で入りやすく、また室内に充満するスチームが心地よくとても気に入りました。元気があれば、宿泊した宿以外の宿のお風呂に立ち寄ることもできたのですが、さすがに朝から何度もお風呂に入っていたので、それはやめて、この日も夜は宿でのんびり過ごしました。

以上、2日目のお話でした。続きはまた明日。

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2007/01/18

熊本旅行記その1。

ココログメンテが無事終わったようなので、予告通り12月の話から。

天皇杯の5回戦以降のスケジュールが出た頃、そういえば最近遠征ついでの観光はしていても所謂ちゃんとした?旅行をしていないなぁと思い、たまには旅行ついでにサッカー観戦というのもアリかなということで、思い切って、3泊4日の旅に出かけることにしたのでした。今年度分の連続休暇をまだ取ってなかったり、12月はボーナスが出るのでたまにはちょっと贅沢もよいかな、と。贅沢といいつつも、限りなく貧乏旅行に近かったんですが、まあ。この時点で、鹿島はまだ5回戦を戦っておらず、場合によってはサッカー抜きになる可能性もあったのですが、そのときはそのときで考えようと思い、SNAバーゲンを利用して格安で往復の航空券を購入。普段遠征のときは、パックツアーを使うことが多いのですが、今回は全て個人手配で旅することにしました。

2007011801出発当日は、前日まで仕事を詰め込んでこなすだろうという予測から朝一の便を避けて2番目の便に乗ったのですが、前日予想以上に残業&準備が出来ていないという状態で、気がつけば1時間ちょっとしか睡眠が取れないまま出発。始発便だったら、一睡もできなかったことを考えると、正しい選択だったのかな?で、飛行機で思いっきり寝ようと思っていたのですが、窓からの景色があまりにも素晴らしくフライト中ずっと窓の外の風景に釘付けになってしまいました。自分で自分に飛行機乗ったことないのか?と突っ込みたくなるくらいの勢いで張り付いていたら、途中CAさんが航路マップを持って来てくれて助かりました。日本地図は大体頭の中に入っているつもりでも、意外と関西以西の位置関係になるとわかってない部分もあるなぁということを知ったりして。広島県の位置は大体わかるけど、広島市になるとかなり曖昧になる感じ?でもって瀬戸内海の構造がわかっているようでわかってなかったりとか、まあそんな感じだったんですが。というわけで、結局飛行機の中では一睡もせず、眠いまま熊本空港に降り立ちました。

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この日の目的は、熊本県南部だったのですが、何故そこに行こうとしたのかといえば、福岡遠征のときにお世話になった地元の方に熊本に行くなら芦北の温泉がよいというお話を伺ったばかりだったので、そのお話を伺って間もないときにせっかく熊本に行く機会が出来たなら行ってみようと。それと、九州新幹線にも乗ってみたかったというのもあります。ということもあって、熊本空港から八代直行バスも出ていたのですが、それには乗らず、一旦熊本駅に出てから、「つばめ・おれんじ」ぐるりんきっぷ 熊本を購入し、南熊本ぐるりん旅に出かけました。

写真は、左が熊本駅で食べた熊本名物「太平燕」、右が熊本名物「いきなり団子」。太平燕は、春雨のラーメンだったのですが、麺以外はちゃんぽん風で野菜もたっぷり入っていて美味しかったのですが、春雨は腹にあまりたまらないのか、夕方にはかなーりな空腹になってしまいました。おかげで宿の夕食を十二分に堪能できたのですが。いきなり団子は、おいもと餡子を小麦粉で包んで蒸したおやつで、九州新幹線の中でいただきました。

経路は、まず熊本駅からリレーつばめに乗って新八代へ。新八代から九州新幹線つばめに乗って新水俣まで。新水俣で肥薩おれんじ鉄道に乗り換えて、津奈木駅へ。

2007011804この旅、最初の目的地は津奈木温泉でした。事前に芦北地方の温泉を色々と調べてみたのですが、時間的に1箇所しか立ち寄れそうに無く(おれんじ鉄道の本数が少なすぎでした・・・。バス移動を考慮すればもうちょっといけたかも。)、津奈木温泉と日奈久温泉でかなり迷ったのですが、「専用モノレールに乗っていく展望露天風呂」という宣伝文句に惹かれ、津奈木温泉を選択。つなぎ温泉四季彩という日帰り入浴施設でした。

写真は、そのモノレールの線路と山の上のほうにあるのが展望露天風呂です。展望露天風呂以外にも地上に大きなお風呂&露天風呂があることもあって、地元の皆さんはそちらに入っていて、モノレールに100円払って上まで行くのは観光客だけらしく、でもってこの日は平日だったこともあって、上にいる間はずっと貸し切り状態でのんびりとお湯に浸かることができました。ただ、展望とはいっても、何にも無い田舎町だったので、田園風景がひたすら見えるだけではあったんですが。

当日の記事に写真を載せた眼鏡橋もここの写真です。この後、おれんじ鉄道で、海のすぐ横にある駅まで行って夕日を楽しむつもりでいたのですが、雲行きが怪しくなってきたので、断念して直接宿に向かいました。

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この日、お世話になったのが湯浦温泉の宿でした。旅館と言うよりは民宿に近いアットホームな作りの宿だったのですが、ここを選んだのも温泉の評判がよかったからでして、実際入ってみて大感動の素晴らしいお湯でした。写真の通り、シンプルな内湯(しかも狭い)のみなのですが、湯口からはかなりな量のお湯が注ぎ込まれていて湯船からはずっとお湯があふれ出していて、それだけでかなり贅沢な気分に。温度がかなりぬるめで硫黄の匂いがする無色透明のお湯は、所謂ぬるぬる系のお湯が好きな人間にとってはたまらない泉質でした。あまりにも気に入ってしまい、宿にいる間に3度も入浴してしまい、旅行初日から温泉三昧となったのでした。お食事も素晴らしく、不知火海の海の幸を堪能させていただきました。

以上、初日のお話でした。続きはまた明日。

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2007/01/15

オフシーズン突入。

昨日インカレ決勝が終わって、つかの間のサッカー観戦オフに突入しました。

世間では既に始動しているJクラブもありますが、観戦者としては3月の開幕までしばらくの間、充電期間となります。実際は開幕前になんだかんだで予定が入ることとは思いますが、今年も遠方でのキャンプ見学等にはいかない予定なので(練習見学は行くかもしれないけど)、2月下旬のPSMが始動日になるのかな?この間、1年間いろいろと後回しにしてきたことや、やり貯めていたことをこなしつつ、金銭的にも貯金モードに入らないとなぁと思いつつ、土日がフリーになるのをいいことにいろいろ予定を入れてしまったりしつつ、有意義に過ごして行きたいなぁと思っています。

すっかり過去の話になってしまいましたが、熊本遠征話~インカレまでの詳細を全然ブログに書いていないので、ほそぼそと記録していくつもりでもありますが、予定は未定。明日の昼からココログがまたまた24時間メンテに入るらしいので、その後から?まあマイペースにいきます。

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2007/01/14

第55回全日本大学サッカー選手権大会。

2007011401 2007011402
今年度のインカレ決勝が本日国立競技場で行われました。
天気に恵まれたこと、駒澤大学にJ内定者が多いこと、早稲田大学が久しぶりに決勝進出したこともあってか、1万人を越えるお客さんが国立競技場に集まりました。正直驚いたんですけど。席難民が大量に出ている中、なかなかスタンドの閉鎖していたエリアの開放が始まらずイライラした方も多々いたことかと思います。インカレは招待券をばら撒きまくっているので、動員が読みづらいんだろうなぁと運営側を擁護しつつも、キックオフ前にどうにかならんかったのかなぁと。

今年度のインカレは予選リーグを全く見に行くことができず、決勝トーナメントからの観戦となったのですが、準々決勝、準決勝共に手に汗握る面白い試合が続いたので、決勝戦も接戦になるのでは?と予想していたのですが、予想に反して一方的な試合となってしまいました。早稲田の試合は、準々決勝、準決勝と続けて2試合、駒澤の試合は準決勝の1試合を見てきたんですが、そこまでの差があったようには思えず、まあでもそれがサッカーなんだなぁと。

駒澤はこれまでのスタメンに比べて4年生のスタメンが多く11人中6人と過半数を占め、最後のゲームという意味での気合がまず勝っていたのかなという印象を受けました。そして、その気合が運動量と厳しいプレッシャーに現れ、早稲田のパスサッカーを封じ込めたことが最大の勝因だったのではないかと。逆に早稲田は準決勝からメンバーは出場停止の山口選手が変わった以外同じメンバーで挑んできたのですが、守備の要を欠いたことで、これまでも決して安定していたとはいえない守備が崩壊してしまったのが大量失点の原因になってしまったように思います。

今日の決勝のピッチに立ったメンバーのうち、4年前の高校選手権決勝で同じ国立のピッチに立っていた選手が5名いたことが、とても興味深く感じたゲームでもありました。4年前3連覇を阻止された巻選手が大学で3連覇を達成し、同じく3連覇を阻止された兵藤選手、松橋選手はまたしても悔しい思いをし、原選手は高校大学両方で優勝し、鈴木選手は・・・とそれぞれまた違う結果を手にしたわけですが、兵藤選手と鈴木選手はまだ3年生なわけで、来年ここで優勝できるようあと1年頑張って行って欲しいなぁと思っています。

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駒澤大学の皆様、優勝おめでとうございました。

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国立霞ケ丘競技場。

国立霞ケ丘競技場。

インカレ決勝。

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2007/01/10

西が丘サッカー場。

西が丘サッカー場。

インカレ準決勝。

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2007/01/09

10日間の熱い戦い。

2007010801第85回全国高校サッカー選手権が終了しました。今年も高校生たちの熱い戦いに、時に一緒に喜び、時に貰い泣きしそうになったり、とても濃厚かつ有意義な10日間を過ごすことができました。

毎年行われている大会だけれども、冬の選手権に「特別」を感じてしまうのは、自分のサッカー観戦人生のスタートが高校サッカーだったからなんだろうなぁとふと気がついたのは、初めて国立競技場のスタンドに足を踏み入れ、高校サッカーの決勝戦を観戦したときに座った席と似たような位置に今日偶然なんだけれども座ったからかもしれません。余談ですが、冬の選手権の存在を知ると同時に天皇杯の存在も知るのですが、当時の自分の中の位置づけというか注目度合いとしては、高校サッカーの開会式の後に大人が決勝戦をやるらしいよ、って程度だったのでした。その後、天皇杯の歴史の重み、価値を知っていくわけですが。

今年の大会は、注目選手がいる学校や注目校が早い段階から順に姿を消し、決勝戦は初同士の対決となったわけですが、天気に恵まれたこともあり沢山のお客さんが国立競技場のスタンドを埋め尽くしていました。天皇杯の決勝も(サポが大所帯過ぎる浦和が出なければ)そうなんだけれども、どちらかを応援する人の数以上に、サッカー観戦そのものを楽しむ人が沢山集まる場の雰囲気がとても好きです。や、天皇杯決勝はできればどちらかを応援する立場で居合わせたい場所ですけど、それはおいておいて、目の前の素晴らしいプレイに観客が沸き上がり、拍手する雰囲気が凄く神聖なものに感じるというか。Jの戦う雰囲気ももちろん大好きなんだけれども、それとは違う素晴らしさ。そして、サッカーを愛する者同士の存在を改めて認識し喜ぶ場、とまで言ったら大袈裟すぎかな?

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10日前に、48種類、色とりどりのユニフォームを着た選手達が集まって華やかに始まった選手権ですが、その先頭で大きな優勝旗を手に入場したのが野洲高校。残念ながら滋賀から持ってきた旗を持って帰ることはできませんでした。歴史ある大会で、連覇を成し遂げた学校がわずかしかないことからも連覇の難しさというのがわかるのだけれども、今年の大会は去年野洲高校が巻き起こした「小柄な選手たちがピッチを走り回って華麗なパスで攻めるサッカー」の次が見えた大会のように思いました。それだけ昨年の野洲高校の優勝というのは、大きな意味を持っていたし、影響力を持っていたんじゃないかなぁと。

優勝した盛岡商業の斎藤監督は、試合後に、

「いくらテクニックがあっても発揮できなければ宝の持ちぐされですので、苦しいですがまず基本的な『走る』というところからトレーニングを積んできました。そこで彼らが次第に自信をつけ、最後には走りきったのかなと思います」
とコメントし、また、準決勝で盛岡商業に敗れた八千代の砂金監督が、
「パスサッカーで楽しみましょうということで、本当の感動はあるのか。競技としてギリギリまでやる。最後に体を張ってスライディングへいくとか、そういったものがあって初めて感動が生まれる。」
というコメントを残していたのが印象的でした。今回の大会、私が見た試合がたまたまそうだっただけかもしれませんが、ヒールパスの使用頻度が上がり、上手く通ればいいのだけれども、パスが通らずに逆襲を食らう場面があったりで、目立つ部分としてのテクニックだったり華麗な技ばかりが先行して、その根底にあるべきものが軽視されてたりはしないだろうか?と疑問に思った部分もあったんですが、結果を残した指導者たちの言葉を知っていらぬ心配だったなぁと。

こうやって書くと野洲批判をしているように見えるかもだけど、野洲高校こそ猛練習の賜物としてあのサッカーができているわけで、そこは誤解なきようお願いします。

2007010804というわけで、話の脈略があるのかないのかよくわからなくなってきましたが、野洲高校が持ってきた優勝旗は盛岡商業の手に渡りました。決勝戦の盛岡商業の選手達は、最後までよく走り組織を守り王者として素晴らしいサッカーが出来ていたんじゃないかなぁと思います。一方の作陽高校もファイナリストとしての意地とプライドを最後まで見せてくれました。決勝戦まで進めなかった46校、さらには全国に辿り着く前に敗退した無数の高校サッカー選手達を代表する素晴らしい決勝戦でした。完全燃焼できた選手も、怪我や不調などで不完全燃焼のまま終わってしまった選手も、次のステージに向けて頑張っていって欲しいなぁと思っています。

ユースとの比較だったり競合がここ数年議論される高校サッカーですが、ユースにはユースの素晴らしさが、高校サッカーには高校サッカーの素晴らしさがあり、今後さらに良い意味で上手く共存し、サッカー少年たちの裾野がどんどん高いレベルで広がっていったらよいなぁと一観戦者として思っています。まあ、ユースと高校の共存よりも、今年の選手権に出場していた選手達の経歴を眺めていて、気になったのが中学校の存在だったりもするんですが。ユースの下部組織出身者が多いなぁと。今に始まった話ではないんですけど。さらには、都道府県を越えた越境入学者も多く、「都道府県を代表する学校」という意味では、見直しの必要もあるのかなと。見直しの必要といえば、大会のレギュレーションそのものってのもあるんですが。スコアレスドローのPK戦が多すぎる大会でもありました。

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2007/01/08

国立霞ケ丘競技場。

国立霞ケ丘競技場。

高校サッカー決勝。

主審があの方なのが気になります。

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2007/01/07

西が丘サッカー場。

西が丘サッカー場。

インカレ準々決勝。

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2007/01/05

三ツ沢公園球技場。

三ツ沢公園球技場。

準々決勝。

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2007/01/04

高校サッカー三昧。

2007010401改めまして、あけましておめでとうございます。

既に携帯から画像だけはアップしていましたが、年末年始は高校サッカー三昧の日々を送っております。6日間あった年末年始休暇のうちサッカー観戦しなかったのは元旦のみ。来年は元旦もサッカー観戦したいものです・・・。

高校サッカーは、毎年、自宅の地元か実家の地元で観戦を基本としていて、つまり三ツ沢か西が丘に足を運ぶことが多いのですが、今年は見たいカードというか学校に偏りがありすぎて、既に二度も千葉県まで足を伸ばしてしまいました。実家の地元である帝京高校が出場しない限りは毎年好きなJリーガーの出身校だったり、過去に好きなサッカーを魅せてくれた学校だったり、前評判で自分好みそうだなぁと思われる学校だったりを適当に応援したりしなかったりしつつ、純粋にサッカー観戦を楽しんでいることが多いのですが、今年は大好きなナカジの母校であり、パスサッカーが面白いらしいという理由で八千代高校に注目して観戦している次第です。一応、できる限り3回戦までは違う学校を見るという方針の元2回戦は等々力に足を運んだのですが、3回戦は野洲高校×八千代高校という涎が出てしまうようなカードだったため、ついついまた千葉へ。

真冬の臨海は想像以上に寒かったです。特に第二試合は観客数が第一試合の半分以下になってしまってスタンドに隙間ができたせいもあってかかなり冷え込みました。風が強いので体感気温がかなーり低い気が。でもって、厳しい海風のおかげか4時間ほどいただけで髪の毛が海に入った後のようにバサバサに。ジェフ千葉が本拠地をフクアリに移し、臨海はゴール裏の仮設スタンドを取っ払ってJリーグ開催を断念してしまった状況ですが、五井駅周辺およびスタジアムまでの道のりはジェフ色が濃く残っていました。

既に開幕戦から7試合見ているわけですが、移動の疲れが結構あって記事をアップする気力が残っていなく溜め込んでいますが、そのうち全ては無理でも興味深かった試合を中心に適当にアップしていけたらと思っています。

というわけで、内容の無い文章になってしまいましたが、今年もよろしくお願いします。

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2007/01/03

市原臨海競技場。

市原臨海競技場。

三回戦はまたまた千葉に来てしまいました。

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2007/01/02

等々力陸上競技場。

等々力陸上競技場。

今年最初のサッカー観戦は等々力で。

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